韓国出張報告
日時:7月24日−7月25日
目的地:ソウル
同行者:大村秀章代議士、山本一太参議院議員、馳浩参議院議員、澤田克己氏
出張目的:韓国若手国会議員との継続的な交流(バクダン議員連盟)
外務省の便宜供与:なし
費用:私費
日程:
7月24日
9:30 成田発KAL706
12:00 ソウル着
14:00
キム・ミンソク議員スタッフの案内で韓国国会議事堂見学
14:30 議事堂内で会議
キム・ミンソク議員、バン・ヨンソク議員(全国区比例)、シン・キナム議員(ソウル市内選出、入院中の病院を抜けて参加してくれた)
17:00 韓国伝統芸能鑑賞(サムルノリ他)
19:00 ディナー&バクダン
7月25日
8:00 パク・チン氏(元キム・ヨムサム前大統領政務担当補佐官)と朝食
9:30 戦争記念館見学
13:00
パク・テジュン自民連総裁夫妻、キム・ミンソク議員と昼食会
15:00 朝鮮日報編集局訪問
18:40 ソウル発KAL705
特記事項
- いつもどおり韓国側の窓口はキム・ミンソク議員にお願いする。
- バクダン議員連盟の名は前回訪問時にチョン・モンジュ議員(FIFA副会長)がごひいきのクラブに我々を連れていってくれて、バクダン酒(ビールとウィスキーを混ぜたもの)の一気飲みをみんなに強要したところから付けられた。山本、河野の二名がまったく酒を飲めないため、前回は馳、大村の二人が完璧に酔いつぶされた。今回は、チョン・モンジュ議員欠席のため、犠牲者は澤田氏のみ。
- 歌う参議院議員山本一太が、四枚目のCD制作。今回は、韓国語でもリリース。もはや、参議院本会議にも来る歌手か。299枚のCDを今回持ってきて、韓国の国会議員全員に配る。すでに朝鮮日報にも大きく紹介された。
- 日韓問題に関するアンケートを韓国の全国会議員に送る。アンケートの回収にはパク・テジュン総裁、キム・ミンソク議員が協力してくれることになった。
- 韓国の国会は、統一後二院制にすることを想定し、本会議場が二つある。現在は、一つを予算委員会に使っているそうだ。本会議場には即座にどの議員が賛成し、反対したか一目で分かるシステムが設置されている。
- 土曜日の会議の冒頭、野党ハンナラ党の審議ボイコットで韓国国会が突然閉会したばかりということもあり、野党の抵抗戦術の話で盛り上がった。
- バン議員は元豊という繊維企業の労組委員長を十年つとめて、労働運動から政界に身を転じた。シン議員は、弁護士出身で、文化観光委員会の与党理事。
- 韓国政府は、8兆ウォンを超える予算を失業対策に投入中。社会保障の制度が完備する前であり、韓国社会には大きな影響をもたらした。失業対策と同時に社会保障の整備が急務。
- 韓国は観光産業の整備を急いでいる。国際競争力のある観光産業作りに大統領が本腰を入れている。いつまでも安いだけが売り物ではいけないと思っている。観光に関しては、漢字の表示の充実がもっと必要ではないか、とこちらから提言。
- パク・テジュン総裁に木曜日に東京から電話して、週末バクダン議員連盟がそちらに行くのですが、と申し上げたら、土曜日なら時間があるとおっしゃってくれた。日曜日でないと時間がないとむちゃくちゃわがままをもうしあげたら、日曜日の教会のミサのあと、ご夫妻でお昼をご一緒してくださった。前回のバクダン議員連盟訪問時にも我々のために一時間割いてくださった。
- パク・テジュン総裁との昼食会はPOSCOタワーの総裁行きつけの和食。みんなで、総裁の好物の親子どんぶりを食べる。延々二時間以上も話し込んだが、総裁の話は無茶苦茶面白い。かつて、日韓交渉の特使として日本にきたとき、身延温泉の混浴の露天風呂に行って、ゆけむりの向こうまで湯の中を泳いでいったらおばあさんが何人も入っていた話とか、最近の韓国の政治情勢の話のなかで人物批評をしてくださったが、日本でもよく知られているXX氏はタヌキだからねとか。総裁は今年72歳だが、九年前にバクダン酒を17杯飲んだそうだ。翌日からジンマシンで十日寝込んだといって笑った。
- 韓国与党の新党問題に付いては、割とベテランに支持が多いような気がする。若手は疑問視しているような印象だが。議院内閣制は、野党も支持する議員がいるため、今年は政治課題からはずれたが、また、再燃する問題のようだ。与党が三分の二を占めていなくとも、実現する可能性はないわけではない。
- 韓国の国会議員のなかで、北朝鮮に残ってしまった妹を、中国の東北地方に食べ物を取りに国境を越えてくる北朝鮮の農民に頼んで探し出し、国境の中国側で再会を果たした議員がいるそうだ。妹と一晩泣き明かしてすごしたそうだが、痩せこけていて最初わからなかったそうだ。
- 天皇陛下の韓国訪問については、早期訪問が良いのではないかという声が多い。ワールドカップ前に訪問すべし、という意見と、ワールドカップの開会式にという声がある。2001年の訪問を目指すべきではないか。
圧倒的に支持されたのが、羽田−ソウル便を実現しようという我々の提案。成田では遠すぎる。