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総裁選日記
7月30日
朝CNBCの生放送に東京から出演。昼、ASEAN各国の大使とタイ大使館で懇談会。デザートにタイのドリアン。
午前中に閣僚名簿出回る。
朝日新聞の記者が、「河野太郎のホームページ」を読んで、「質問主意書を提出した議員を極悪非道呼ばわりするのはなぜか」と大村代議士に詰問したそうだ。「お前なあ、XXXXXXXXX」
小渕さん首班指名、決まる。
7月29日
小渕派一回生の造反続く。午後五時に総裁室へいって直接小渕さんに面談する、それがだめならそこで記者会見して、この内閣人事を糾弾すると息巻く。おもしろいのは、そうなっても小渕派一回生の会の手続きを踏んでやろうとしているところ。しかし、小渕派一回生まとまらず。午後五時、結局、なにもせず、七・ニ九事件は不発に終わる。
負け組は音頭とるわけにもいかず、結局、振り回される。ずっと小渕派一回生のまとまるのを待っていたが、平塚学園の甲子園出場が決定し、祝勝会に帰る。
7月28日
小渕派一回生造反する。「小渕さんは派閥人事、年功序列人事をやらないといったのにこの閣僚人事は何だ」と切れたらしい。そんなもんほごにされるのはあたりまえじゃないか、と思ったが。白紙投票も辞さずの勢いで小渕さんに迫ろうとしたものの、野中さんにつぶされる。
そこで、負け組の一回生にも「これはおかしい」と声がかかる。
7月23日
小泉支持グループの若手が「新党も視野に入れて」動くと22日夜から23日未明に発言。マスコミが色めきたつ。真実はどうも飯島代議士が新聞記者に話をしているうちに肩に力が入ったらしい。そのあとで栗本代議士が来て、こんな話があるが、ときかれ、そうだ、そうだということになったらしい。小泉グループから五人、梶山グループから五人出て23日に打ち合わせする等という、全くのデマを流したのがいる。そのなかに河野太郎の名前も入っていたようで、真夜中から記者の取材攻勢をうける。おかげで寝不足状態。さらに、共同通信がこの件を外国向けに流したらしく、ニューヨークタイムズが問い合わせてくる。ほんとうにこの総裁選挙を世界が注目している。
ボイスオブアメリカ(VOA)の取材。ふだんは香港に駐在している記者が東京に出張して取材しているそうだ。つづいてアメリカNBC系列のテレビのインタビュー。
一回生を議員会館の事務所に訪ねて、梶山支持を訴える。なんで、小渕だというのがいるのかよくわからん。12時にホテルオークラで例の新党組の会合があるらしいが、こっちには連絡もないし、行く気もない。ひきつづきマスコミが聞いてくるが、もともとが根拠がない。
12時から宮澤派の例会。ここで、小渕をなどと幹部が口走ったら、なにがおこるかわかりませんよ、と丁寧な口調で幹部を脅かした人がいるそうだ。今日は、生臭い話は一切抜きですとみんな強調していた。
ポルトガルのリスボンに旅行中の某代議士がつかまって、梶山支持で固まったらしい。もう一人、家族と一緒にパリ旅行している議員は、投票に帰ってこないそうだ。総裁選挙の規定では、不在者投票ができるのは議長の支持で海外出張している議員など、四つの要件に該当していなければならず、この議員は不在者投票の権利がない。だから、田中直紀参議院議員が自民党入りしたので過半数は208という報道があるが、実際は207。この議員はしがらみがいろいろあって逃げているのではとのうわさ。
不在者投票は、一回目用の投票と決選投票用の票もやっておくそうだ。誰が二位になるかわからないが、不在者投票で決選投票に入れた候補が三位になったら、それは単なる無効票になるとのこと。
筆跡でばれる可能性があるので、あらかじめ三候補の名前を印刷し、丸をつけるだけにしろという動きもあったが、すでに党則でルールがきまっているのでだめ。
マスコミの読みは梶山60-80だが、100は固めたと思う。120までいくかどうか。(こんなこと書いて明日、恥ずかしくないといいけれど)
2時から所信表明。 http://www.jimin.or.jp/jimin/sousai/pics-3.html とにかく小渕さんのはひどすぎた。贔屓目かもしれないが梶山さんが一番よかったと思う。小泉支持と思っていた二人から、これで梶山やると言われる。小渕さん支持の先輩に「ちょっとあれは」といったら「これは、おりこみずみだ」記者達もあきれぎみ。
マスコミから梶山の若手部隊の様子を撮影させてほしいとの要請が強く、四時半に二、三位連合の話をするときにカメラを入れる。
夜、二、三位連合の話が幹部レベルで本格化。若手はそんなもの当たり前と思っているが、三塚派は複雑なようだ。夜中に幹部会を開くらしい。
山崎柘さんのグループが小渕さんの激励会。何を今更と思ったら、要するに、この総裁選挙終わって人事をやるときは、中曽根ではなく山崎が窓口だよということを誇示するためだけのものだそうだ。全く何を考えているのか。もともとYKKは竹下派の党内独裁を阻止するために結集したのではないか。自分がリーダーになったら、ころっと変わっていったいなんだ。
梶山さんに二、三位連合の話をしにいった先輩は、梶山さんに「私はまな板の上の鯉だから皆さんで決めてくれ」と言われる。
BBCラジオの取材。ロンドンのスタジオと電話でつないで録音。
小渕支持の宮澤派の先輩から携帯に電話。「二回目は小渕を入れてくれ」と言われる。「二回目は、梶山か小泉にいれます。」とぴしゃっと断る。なんでぼくに聞くのだろう。一人づつチェックしているのだろうか。やるときは徹底的にやらなければだめだ。
仲の良い記者が夜遅く「顔をみてから上がろうと思って」と激励に来てくれる。みんな小渕なんておかしいと思っている。
梶山123票で2位。決選投票で逆転。これでいこう。
7月22日
朝一番でイギリスのBBCのラジオのインタビュー。続いてロイターの取材。イギリス大使館。今朝のFinancial Timesの一面に河野太郎が出ていた。これだけはっきりと意見を言い、英語で取材を受けられる自民党議員があまりいないからだろうとうぬぼれる。
友人の山本一太参議院議員は、小渕さんの地元で小渕支持を打ち出したものの、派閥の三塚派は小泉擁立で、今回は静か。困らせてもいけないからこっちからは電話もしないが、「テレビ見たぞ」と電話が入って来る。アメリカ出張だった塩崎大蔵政務次官から電話「おまえ、テレビでなんか俺のこといったらしいな」20日の日本テレビの番組で来年の総裁選挙に出したい若手議員として、塩崎恭久の名前を挙げたから。
タイム誌の取材。
なぜか今日になって梶山若手選対に新しい人が続々と来る。とくに二回生。三塚派の一回生が「太郎ちゃん。二、三位連合をやろうな。」と何人も声をかけてくる。そりゃそうだ。
マスコミは一回目で小渕に決まりかという論調になりつつある。違うと思う。あけてびっくり玉手箱のような気がするのだが。
議員会館をまわり話をしていくが、絶対につかまらない人もいる。いろいろと事情があるだろうから仕方ないが。
7月21日
総裁選挙立候補受付。出陣式はパスして、若手選対に詰める。2時からの共同記者会見に梶山さん付きで菅、野田聖子両代議士とともに介添え役。記者からの質問も少なく、どうでもいいような質問も目立った。まあ、それだけ候補者のテレビ出演が多く、新しく聞くことがないのかもしれない。
4時半に首相官邸へ。これは前の晩に、若手の間で「原健三郎や桜内義雄みたいな大先輩にはだれがいくのだろう」という話になり、「総理も一票あるんだから頼みに行こうぜ」で、秘書官の江田さんの携帯に電話したら日程があいていた。若手、七人で首相の執務室(私は初めて執務室に入った)で30分ほど雑談。総理曰く、「今度の参議院選挙はやっていて負けを覚悟していた。どこへいっても人がたくさん集まってくれた。街頭で演説すると立ち止まってくれる人も大勢いた。みんな真剣に僕の話しを聞いてくれた。でも、話が終わったときに人数のわりに拍手がぜんぜん小さかった。だから、だめだとおもっていたけれど、ここまで悪いとは思わなかった。」しばらく話しをしたあとで、「総理、ところでわれわれは梶山選対の若手なんですが、ぜひ橋本龍太郎の一票を」総理は笑いながらたばこに火を付けわらっていた。「ぼくは派閥から二人立候補することはおかしいとはちっともおもわない。中選挙区のときと小選挙区の時の派閥は全く質が違うものなんだ。それにきがついていない人間が多すぎる」その場にいた七人全員が総理は梶山と書くと確信して退席しました。
小渕さん支持の一回生の夕食会に乱入。普段から仲の良い一回生同士でも、二人以上になると本音かどうかわからない。
Financial Timesの取材と夕刊フジの取材。ニューヨークタイムズのストローム記者とイギリス日刊紙ガーディアンの取材。
7月20日
そうです。梶山選対の若手本部は帝国ホテル内にあります。秘密の場所のはずなのに、なぜかマスコミはみんな知っている。
梶山さんに同行する役を菅、小此木が一日交代でつとめる。林芳正と私で広報。今日から東京に戻ってきた栗原、浜田、野田その他も若手本部へ。
ニューヨークタイムズの取材申し込みをきっかけに、梶山さんを海外のメディアに露出させようと林、河野の若手広報が企画する。大先輩たちは、そんなギャンブルをするな、とおっしゃるが、こっちは商品に自信があるのだから、海外の新聞、テレビ、通信社だけを対象にした記者会見を企画した。御本人さえ了承してくれればやっちまえ、ということで、梶山さんに話をすると「わたしはまないたの上の鯉ですから、どうぞ好きなように料理して下さい」
2時半にCNN、3時に外国記者クラブのなかで申し込みがあったところに声をかける。午前中は、若手本部で、そのためのブリーフィングの準備。
神奈川県の議員の動向を菅さんがチェック。
梶山支持は河野洋、鈴木、小此木、菅、松本、河野太郎
小泉支持は飯島、田中
小渕支持は亀井、甘利、石渡
1時半に日本テレビに入る。ザ・ワイド出演。今日は石原伸晃、松下忠洋と私。フリップに勝算はどのくらいか書いてくれと言うので100%と書いた。なぜ、梶山支持なのか、一言で、というので「自民党を変えたい」と書いた。テレビ出演も三回目だと、そんなにあがらなくなったけれど、それでも結構緊張する。言いたいことを言いまくった。2時に始まり、2時20分には途中退場する予定が、結局2時40分のコーナー終了まで出られず、2時半からの梶山さんのCNNのインタビューに間に合わなくなった。林、小此木が同行しているので、3時の外国記者との会見準備に党本部へ駆け込む。非常にこの記者会見は成功だったと思う。やって良かった!! 林、河野二人とも、先輩方の反対を押しきってやって、これが失敗に終わったらという不安があっただけに、ほっとしたし、大変に喜んだ。しかも、日本のテレビなどが、梶山さんが外国記者と会見しているところを取材して、テレビのニュースで流してくれるというおまけ付き。言うことなし。20日に外国記者との会見をしたのは21日が新聞休刊日だから、日本の新聞と会見しても出るのはあさってになる。それなら、外国の記者とやろうということ。
ただ困ったのは外国のメディアが土、日休みに祝日も休みで連絡が取れないところが何社かあった。ニューヨークタイムズは連絡がついたが、ワシントンポストはオフィスに誰もいない。留守電に伝言残し、FAXを入れたがだめだった。申し訳ないとは思うが、仕方がない。明日出社してきてから文句言われても手遅れさ。
テレビがいいかげんな票読みを番組で流している。一人一人にあたることなく、派閥のお偉方の意見をまとめているだけだろう。宮沢派で小渕が60票は固いというのを聞いて、みんな大笑い。一人づつあたれば15−20だというのがすぐわかる。河本派はそろって小渕というのもあった。若手本部で河本派の野田聖子代議士が笑っていた。
本部のあるキャピタル東急も帝国ホテルも入り口で待っているマスコミにみつからずに部屋に入れるルートがいくつも用意してある。梶山さんがそのルートで出入りするのを見て、某議員が「いつの日かのために、僕も勉強しておこう」というとだれかが「失楽園でもやるんか」とまぜっかえす。
夜七時から本部で選対会議が開かれる。
7月19日
マスコミはすごいとあらためて思う。某所の選対で決めた広報戦略がどんどん漏れている。どうなってんだ。
フジテレビのよる10時のスーパーナイト出演。また渡辺喜美、石原伸晃と一緒に若手で議論する予定が、今日一転して、小渕、梶山、小泉の三人がそろって出ることになった。我々若手三人は刺し身のつま。一時間の番組で一分づつはなしをしただけ。渡辺さんなんか、番組の途中で眠りそうになっていた。やっぱりしゃべっていないと駄目な人なんだ。
「人柄の小渕」を小泉さんもほめていたが、番組のなかでもCMになると、小渕さんは司会者に若手三人にも、せっかくだからもっとしゃべらせろ、と盛んに訴えていた。しかし、そうはいっても、候補者がそろっているのでは、我々の出番はない。番組始まる前にも、「君、腰は良くなったか」とわざわざ声をかけてくれるし、本当に気配りはすごい。
小泉さんは神奈川の地元だし、小渕、小泉でなく梶山支持というのは、頭では間違いないと思っても、心がちょっとちくっとくるところはある。まあ、それとこれとは別、とわりきるしかない。
アメリカと違って日本では候補者がお互いを徹底的にやっつけるディベートにはならないんだな、と思った。特に、小渕さんが入れば、ほめあいになってしまう。石原さんが、「我々で徹底的なディベートをやるか」と言っていたが。
票読み、一本釣り、盛んになってきたが、ちょっとまだ、手の内を明かせないので書けない。
7月18日
生まれて初めて生放送のテレビ番組に出た。
教訓 テレビの生放送では渡辺喜美の隣に座ってはいけない
テレビ出演なれしている渡辺さんに、テレビ出身の石原さん、新聞記者出身の茂木さんの間に入って借りてきた猫状態。何がなんだか分からないで一時間が終わってしまった。ただ、猪瀬直樹、テリー伊藤など最初から小渕叩きが目的のようだった。候補者のディベートのような番組のほうが本当は正しいように思う。
梶山選対(若手選対動き出す)林参議院議員のもとで、広報を担当する。広報戦略みたいなものを考え、がちゃがちゃとやる。まだ、ちょっと中身は書けないけれど。梶山事務所のオオサキさんという超有能な女性の手のひらで踊っていたような気もする。
某所につくった若手選対の場所がマスコミに漏れた。
18日付ニューヨークタイムズ紙「絶対に総裁は選挙で選ばれるべきだと主張していた35歳の河野太郎は、他に出る人間がいないならばと、総裁選挙に出ようとしたが、梶山出馬でとりやめた。「ピエロにならないでよかった」」
7月17日
若手で梶山の若手選対をつくる。菅、小此木がヘッド。
三塚派が迷走を続ける。三塚派の若手同志が必死に小泉擁立は小渕を利するだけと説得するがとまらない。亀井静香グループに対する思惑が強いのだろう。派閥の候補者として擁立するらしい。それじゃ、小渕派の小渕擁立と変わらないではないか。(結局、朝から夜九時までもめた。いや、その後ももめているらしい)この人たちも懲りない。
梶山さん支持グループが集まり、梶山さんが今晩の記者会見で述べる内容を聞く。「経済立て直しの一点に集中したい」とおっしゃる。そうだ、それでいい。しばらくは総理はこれに集中し、あとのことは閣僚その他が支えきればいい。
アメリカ大使館、ニューヨークタイムズ、ニュースステーション取材。
梶山選対をキャピトル東急の10階に開設。しかし、そこはお歴々にまかせ、若手選対は某所でこもる。ニューヨークタイムズの記者が梶山さんにインタビューしたがっている。しかし、まだ選対が立ち上がっていないため、対応ができない。
梶山支持グループ集まり、テレビ出演その他は選対で仕切らないから、各自勝手にやってくれ。梶山さんはなるべく多くのテレビ出演をすること。ただし、サンデープロジェクトに小渕さんと二人ででるのはいやらしい。小泉さんが手をあげて三人になったらきちんとそろって出ようというのが梶山さんの意向。律義だなあ。「梶山さん、マスコミを味方にしなければいかんのだから、あの、報道陣を烏合の衆というのはやめたほうがいい」「そうか、それじゃ、はげたか軍団と呼ぶか」なんやら、選対本部長、事務局長と肩書きを決めているが、若手の菅グループはそんなの関係なく、独自に動く。
梶山さん「来週は奥田さんの葬式にはいきます。それと日銀総裁が来てくれというから地下の大金庫をみてきます。」23日に党本部で各候補者そろっての所信発表。20分づつの発表のみらしい。
夜、宮沢派若手の会。幹部への批判が続出。「そんなにポストが欲しいか。」まだ、宮沢派上層部の20人は小渕だろうと出席していた某閣僚経験者が語る。某代議士が地元に帰ったら、後援会婦人部長と婦人部役員さんが事務所で待っていて、「あなたが小渕支持なら私たちはやめさせてもらう」これから連休で地元に帰るとどこでもそういう話になるのだろう。白川さんは小泉支持を明言。「まあ、それぞれ自分の考えで、みんなそれぞれ頑張ろうな」と白川さん。なかには「先輩から、梶山の推薦人になるなと電話があったから、そんなの昨日の夜のうちに終わっているといつたら、電光石火だなあといってた。」
亡くなった奥田さんの話になって、竹下派七奉行の話になった。奥田さんがなくなり、渡部、小沢、羽田が離党し、梶山、小渕が総裁選挙を争う。「あれ、あとひとりだれだっけ?」「えーっと、あれ?」「ばか、橋本だ」いけね。
明日の朝、フジテレビの番組に出演することになった。朝10時から。
中野、菅、小此木、河野太郎等などの国鉄長期債務追加負担反対グループ。「お前ら橋本政権つぶす気かって怒られたけど、な―んもやってないのに、橋本政権つぶれちまったよなあ。」
小泉立候補へ。いや、まだもめてる?
7月16日
「推薦人になってくれる?」「(一瞬の間) 河野洋平先生の?」「違う。河野太郎の」「えっ。」「小渕さん以外に誰もでなかったら、俺が出る。」8人の推薦人が集まったところで、梶山出馬。あほなことにならんで良かった。それにしても、50歳台の自民党代議士は誰も手を挙げんのか。
新聞のいいかげんさにあきれる。「小渕で確定」「大勢は小渕」うそつけ。
宮沢派一回生から三回生集まって全員一致で小渕はだめを確認。宮沢派の総会でも小渕はだめ。それでもまだ夕刊は「宮沢派は小渕」と書く。それは加藤幹事長とその側近だけだって。
執行部は連休中の20日に立候補受付、21日投票で押し切る構え。総務会もむりやりそれを通してきた。しかし、三塚派若手その他はこれに反対する構え。
両院議員総会は荒れた。21日受付、24日投票に。総務会の決定が簡単に覆った。総務会の権威失墜。
流れは一気に小渕から梶山へ。梶山陣営では、今度は、小渕さんがおりてしまうのではないか、と心配する声も。ポスト欲しさに、前日の小渕支持から梶山陣営に来るお方もいらっしゃる。結構、面の皮が厚い。ひどい人はこの三日間に「河野(洋)さん、出て下さい。小渕さんしかいません。ここは梶山さんで経済改革です。」そう、XXさんのことです。こんな人が政治家なんだから、あきれる。
梶山さんの事務所の人が、「派閥の脱退届は、便箋に書くのですか」
小渕派、常任幹事会。高鳥代議士も梶山さん支持を表明してまとまらず、との話がながれる。これまで、上が決めたことを下に伝えるだけだった小渕派が、初めてそうでなくなりつつあるとの話も。
麻生太郎代議士、報道陣に囲まれる。「おい、今朝の朝刊の記事書いたやついるか。えっ、恥ずかしいだろう。」みんな下向くが、毎日新聞だけ「大丈夫です。明日になったらみんな忘れます。」爆笑。
執行部が小渕さんに見切りをつけ、小泉擁立に動きつつある?
橋本総理「おれは、はめられた。」恒久減税のことらしい。開票日の10時半の総理辞任会見は、まったくの誤報ではなかったらしい。そこで総理に、「後継は外交路線の継続を考えて小渕」と言わせようとした人がいた。橋本総理それを憤然と蹴ったらしい。
小渕陣営がどんな手を打ってくるかと思いきや、夕方から「梶山は小沢一郎と保保連合路線」という話がながれ始めた。ははーん、来たぞ、といってみんなで笑ってみていた。しかし、マスコミは自分でウラをとらないのかね。
7月15日
マスコミの報道のいいかげんさが目につく総裁選挙である。
今日の朝、小渕派の幹部会があった。梶山さんも出席したが、小渕さん出馬を了承したわけではない。ところが、マスコミの報道によれば、梶山氏も小渕外相出馬を認めた、よって、梶山出馬はない。これはとんでもない誤報である。
もっとひどかったのがある。午後四時から宮沢派が当選回数別にヒアリングと称して、人を集めた。ヒアリングしたのは池田行彦座長、丹羽、奥田両氏である。一回生では、私が派閥次元で総裁選挙をやることには絶対反対。松本純さんは、小渕は駄目、河野洋平が出れば、河野をやる。岩永さん、小林さんも小渕はだめ。
二回生、三回生も小渕は駄目という意見が圧倒的だった。ところが、マスコミ報道は、宮沢派は小渕支持で固まる、ということになっている。うそつけ!
小渕派以外の各派若手は、小渕ではない。しかし、ブリーフィングをマスコミ向けにやる人間、つまり各派の幹部はみんな小渕支持だから、うそでもわが派は小渕という。ブリーフィングされたマスコミはそのとおりに書かないと次からブリーフィングに入れなかったり、ということになるから裏もとらずにそのとおり書く。
小渕派の一回生だって菅さんは絶対駄目。S代議士なんかは、小渕といいながら、でも、やっぱり違う、といっている。しかし、小渕派の鉄の締め付けはすごい。
夜、三塚派の会合で、某有名幹部が小渕では駄目だという若手に向かって、「お前らポストは要らないのか」と言って総すかんをくった。
マスコミは「小渕で固まる、小渕が確実」などと嘘を書いているが、真実は小渕は絶対駄目が圧倒的。宮沢派は完全に若手は反小渕で固まった。 三塚派でも、小渕といっているのは幹部のごく少数だけ。若手は小泉、小泉が出なければ小渕以外。
61歳の橋本龍太郎が辞めるのだから、50歳台前半の人間が手をあげなければおかしい。しかし、みんな、小渕さん、加藤さん、山崎さん等などに遠慮して手を挙げない。この世代のだらしなさはひどい。
少なくとも選挙にだけは持ち込まなければならない。一回生に電話をして、小渕さん以外に出る人がいなかったら私が出るので推薦人(20人必要)になってくれるかと頼み始める。当選一回生が20人集めて誰もいなければやるぜ、といえば、もう少しまともな人がでるだろう。
7月14日
住代議士の告別式。住さんには、臓器移植法案のとき、厚生委員会で二回も質問をさせてもらったり、いろいろお世話になった。確かに顔色が悪く、やせていたが、40歳そこそこの若さでなくなるとは。
告別式では、宮沢派の代議士は、列を作って来賓を迎えよう、見送ろうと派閥を前面に出していた。葬式に派閥は関係ないだろうと思った。
小渕派は外相擁立で派をまとめよう(締め付けよう)としているのだろうか。小渕派一回生にも反発がある。菅代議士が梶山か小泉がいいといったコメントが神奈川新聞にでたら、さっそく派閥からご注意があったそうだ。
小渕派は小渕。三塚派は梶山?小泉?中曽根派は中曽根(冗談じゃないよ)。宮沢派に、野中さんから「小渕でいってくれ」と声がかかったとか、かかっていないとか。「参議院選挙で最前線で負け戦をやった連中がもどってきたら、小渕じゃだめだということになるから、野中はこの一日、二日で決着をつけたがつている」もっともらしい説明だが、本当かな。とにかく、談合はだめだ。候補者の所信表明とディベートで、投票で決める。あたりまえでしょ。
一回生で少し動こうと声を掛け合う。どうなることやら。「小渕さんしか立候補しなかったら、俺がでる」といったら、「中曽根さんが全く同じことをいったそうだ」時計の針を戻してはいけない。
「河野さんはどうするのですか」と取材。「河野太郎ですか」「いや、洋平さんは」「さあ、おやじに直接聞いて下さい」
夜、茅ヶ崎の浜見平で国会報告会。惨敗のざんげになってしまった。なまなましい、東京の現状も少し話す。
7月13日
おふくろの命日。
朝、斎藤選対を仕切っていた横浜の菅(かんと書いてすがとよむ)代議士に電話する。こえに力ない。「俺は今日一日寝てるから、今後のことはまた明日相談しよう。」
宮城の中野代議士。彼は一回生ながら県連会長。「今後のことはどうしますか。」「タローちゃん、ちょっとまってくれ。俺、今日、県連会長辞任すっかもしれないから。」同じく敗戦ショックから立ち直っていない。
夕方、議員会館にいくと能勢事務所から会合の連絡がまわってきていた。一回生の会合とのことなので、指定された赤坂プリンスにいく。いってみたら、違った。よくある、呼びかけ人も、目的も、なにもはっきりせず、行ったら数のうちに入れられているというやつ。某氏が「ここは小泉しかない。小泉で行こうということでまとめよう。」「冗談じゃない。あんなの何するかわからんじゃないか。」「中曽根、宮沢の救国内閣というはなしもあるが」「救国なんてことば、今、知っている人間が何人いるんだ。長老はだめだ」小泉といったのは一人だったが、テレビ、新聞にはさも小泉擁立論が多数のような書き方。
「もう派閥で人事をやるようなことが一番悪い。ここはまず、派閥解消をしなければいけない。それに向けて全力でがんばろう。」といったら、場がしらーっ、としらけた。なんだ、こりゃ。居心地が悪くなって、先に出た。外で待機しているマスコミにあっという間にかこまれる。エレベーターに僕一人と、取材陣十数名。総理大臣にでもなった気分!
7月12日
午後三時、TBSが金、土にやった世論調査がまとまったらしい。それによると神奈川では一位あさお、二位斎藤。
午後五時半、NHKの出口調査の結果が入る。「大変だ。自民党はどうやら46らしいぞ。」「で、比例はいくつぐらい。」「違う。比例入れて46だ。」思わず目がまわった。うそだろう。外は大雨。
午後九時半、橋本総理が十時半に辞意表明かと一報。結果的には誤報だった。
午後十一時半、牧島功候補敗北宣言。
十二時過ぎに斎藤文夫氏、敗北宣言。神奈川自民党はゼロになった。