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10月4日

木曜日の時点で、後任の政務官の人事がほぼ決まる。総務大臣政務官は、衆議院からは吉田、岩永、参議院からは岸。

事務方は、当選回数と年齢などで、新政務官の序列を決め、部屋割りなどを決める。僕の部屋の後任は、岸さんのようだ。

問題は、三人の担当だが、これがなかなか決まらない。金曜日の朝、大臣が登庁されてから決めようということのようだ。

三政務官にそれぞれついていた秘書官もここで交代になる。旧自治、旧郵政、旧総務関係から秘書官が一名ずつ出るが、誰につくかは新政務官それぞれの担当によって決まる。金曜日の朝から、新秘書官は秘書官室にいるが、親分は不明のまま。僕についてくれた山田秘書官は、統計局統計基準部統計企画課総括・企画担当課長補佐になったが、今日はまだ河野太郎の振り付け係として動いている。

 

金曜日は、朝、役所に行って、机に座っているところの写真を記念にとって、秘書室のメンバーやドライバーの山本さんたちと記念撮影をして、最後に入り口のネームプレートをひっくり返して退室する。

秘書室でお茶を飲みながら、引き継ぎ書を少し直して、全部おしまい。

三時半に後任の政務官に首相官邸で辞令が出され、そこから新政務官が役所に登庁する。四時に引き継ぎと退任のセレモニーをやるのでまたきてくださいと言われ、とりあえず退庁。みんなありがとうございました。

 

一度地元に戻って、午後役所に再び出かける。三時半に官邸で、新政務官に辞令が出ているはずなので、四時前に役所に着いたときは、すでに前政務官。

四時に館内放送で、新政務官が官邸を出たので、省議メンバーは七階で出迎えるように、そのほかの職員は一階で出迎えるように、と。

僕は、居る場所がもう無いので、秘書室のいすに腰をかけて待つ。秘書室のメンバーは、これが四回目の政務官のお出迎えだからみんな手慣れたもの。

三人の政務官がエレベータで上がってきて、それぞれの部屋に入る。官房長や各局長が挨拶にくる。

で、引き継ぎ。まず、後任に当たる岸参議院議員に引き継ぐ。事務方が作ってくれた分厚い引き継ぎ書があるが、これは単に役所の資料をまとめたものなので、これは後で役所から説明があるからと、放っておくことにして、自分で作った引き継ぎ書を説明し、後をお願いする。筆で前任者、後任者がそれぞれ二部ずつ署名し、一部をもらって帰る。

今度の三人の担当は、我々三人と微妙にずれているため、吉田、岩永両政務官にも引き継ぎ書を持っていって説明する。

それから地下の講堂で退任と新任の挨拶。事務次官が挨拶で、退任する政務官をいろいろ褒め称え、滝、山内両政務官は、根回しに奔走されたとか、合併シンポジウムに八回出席いただいたとか、国会答弁が多かったとかいろいろあるが、僕に関しては、土壇場で法案修正を求められたとか、政策評価に当たり目標を数値化せよと強く指導されたとか、なんか役所の足を引っ張ったような話ばかりだった。

退任の挨拶では、仕事のできない政務官を首にするのはよくわかるが、派閥の親分の都合だけでこんなにしょっちゅう政治家が替わるような馬鹿な内閣改造をやっていては、国はおかしくなる、政治家がアホだと役所が仕事がしづらいというのがよくわかった、そこのところは申し訳ないとお詫びした。最後に、僕の遺言だと思って政策評価の目標の数値化をきちんとやってくれと付け加えておしまい。秘書室の大坂さんから花束をもらい、正面玄関で拍手で見送られて退庁する。ハイヤーを断ったので、花束抱えて議員会館まで歩いて帰る。これでお役後免になった山田前秘書官が一緒に歩いてきて、だから車があったほうが良かったでしょと、そうでもなさそうに笑う。

議員会館で、お礼回りをして、おしまい。

山田秘書官、梶田さん、大坂さん、木内さん、山本さん、斉藤さん、本当にありがとうございました。

 

10月2日

朝、マレーシアの国防大臣をお招きしての日本−マレーシア議員連盟の会合。先日の中東に関するシンポジウムで一緒にパネリストを務めた国防大臣の補佐官も一緒で、今度のクアラルンプール行きのどこかで飯でも食おうかということにする。

 

この会合の後、参議院の山本一太さんから、太郎ちゃんちょっと時間あるかとたずねられ、

党本部八階の喫茶室でお茶を飲む。やっと国対から足抜けした一太さんは、これ今度のXXなんだけどねと言いながら、鞄からおもむろにXXXを取り出す。ふーん、そう言えばジョージタウンのあのクリスマスの時から、きっとこのことを考えていたんだろうなと、この人のアイデアに舌を巻く。

 

国務省でお目に掛かったリンカーン・ブルームフィールド国務次官補から、約束通り二十一世紀のエネルギーと安全保障についての本が届く。ブルームフィールド、ジム・ケリーの二人の国務次官補が関わっていて、CSISから出版されたものだ。今後の中国とインドの経済発展がアジアのエネルギー需要とそれに関わる中東から東アジアの安全保障に与える影響に関する考察。コメントを送る約束をしているので、せっせと読む。なかに、日本のエネルギーは長期的には原子力だ、中国をはじめアジアに原子力の平和利用を広めるべきだと発言している日本側の研究者のコメントがでているため、本筋にははずれるが、これには、必ず反論をすることにする。

 

副大臣人事は発表になり、今日、皇居での認証式もあるらしいが、政務官に関しては音沙汰なし。決裁物も何もなく、段ボール箱を運び出すのみ。

 

10月1日

台風。

朝、今日は副大臣人事だけとの噂が流れる。のんびりと政務官室に出社して、最後に残った引き出しの中などの物を段ボール箱に詰める。部屋の入り口に掛かっている河野政務官という名札は、記念にくれないそうだ。残念。

そのうちに官房長官が、副大臣は明日、政務官は今週中に人事という発言をしたというニュースが広がる。

そんなこと言われても今さら事務方は決裁なんか持ってこないよね、次の人を待って持ってくるよねと言うと、秘書官は冷静に、まあ、そうですね。

というわけで、明日の日程も決まらない。地元のスタッフは、代議士、呼び込みなんか絶対無いから地元日程でいいんじゃないですか、などという。別に呼び込みを待っているんじゃなくて、退任の挨拶と引き継ぎをやるために待っているんだ、というと、なーんだ、そうか。

引き継ぎは細かくやるから五分のセレモニーではなくて、きちんと引き継ぎ書の説明ができる時間をとってもらうようにする。

行政相談委員から、改善の要求があった委任状と資料の購入の件に関しては、いくら何でも任期中には終わらないだろうから、秘書官にしばらく窓口をやってもらうことになった。

 

台風の中、地元を往復した後、ヨーロッパの銀行家に会う。日本の経済がそれほど影響力を持たなくなった、特にアジアでの影響力が低下したと言われる。今度の内閣改造の持つ意味を説明し、いよいよ不良債権処理が進むよ、と。

 

五日からマレーシアのクアラルンプールで開かれる東アジア経済サミット(ダボス・アジア会議)に出席し、セッションのパネリストを務めることになった。竹中大臣も会議にご出席の予定になっているが、兼務になって日程は大丈夫だろうか。

 

9月30日

内閣改造。

 朝、内閣官房から電話があり、今日は政務官人事は無いとのこと。少なくとも今日はクビにならないね、と話していると、いつも手回しの良い山田秘書官から、辞表にとりあえず署名もらっといていいですか!?

 都合により辞職させていただきますという小泉総理宛の辞表に、都合によりではなくて、内閣改造により辞職いたします、という文面じゃないとおかしいんじゃないとか言いながら、署名。日付は後で入れますから、と山田秘書官。もう既に、政務官室の私物はダンボールに詰められているし。(役所では次の政務官のための説明資料作りが進んでいるし)

 今日は、テレビ番組の取材で、昼過ぎから撮影用の機材を持ったスタッフが議員会館の部屋に来る。それを見ていた通信社の記者が、廊下を走ってきて、河野さん、内示があったんですか? えっ、いやいや、ただの撮影。議員会館で同じフロアの谷垣さんが、機材を見て、おっ、呼び込みかい、といいながら階段を降りていく。と、数分後に、官邸を写しているテレビの画面に谷垣さんが。呼び込みで行くところだったらしい。

 秘書官から、人事の日は、新しい政務官に車がつくことになるので、明日は前任の政務官にはハイヤーが手配されますと言われ、ハイヤーは要らないよと断る。帰りは正面でお見送りをしますが、花束もってそのまま帰りますか、というので、花束もって歩いて議員会館に帰るよ。でも、雨降っていたら、地下からそのまま地下鉄に乗るので、講堂を出るところで見送ってね。

 とりあえず、引継書をせっせと書く。

 今度の内閣改造は、非常に良かったと思う。柳沢さんの交代が目玉だ。やはり自分が信じていることと違うことを大臣としてやるのは難しいだろう。下手に信念を曲げないところは柳沢さんらしい。ただ、公的資金に投入は断固やらざるを得ない局面にあり、大臣交代以外の選択は無かったはず。本当は、後任に塩崎恭久が良かったのだと思う。竹中経済担当、塩崎金融担当の二人ならなお良かった。もし僕が今、総理ならば、塩崎大臣、木村剛長官のコンビにする。ここは、副大臣人事での塩崎登用を待つことにしよう。

 

 結局、日本の原発行政はイカサマなのか。業界だけでなく行政も一緒になった雪印、日本ハムなどよりももっと悪質な消費者に対する裏切りではないか。きちんとした問題解明と責任者の処罰といった基本的なこともできない保安院の体制、経済産業省の体制を根底から変える必要がある。平沼大臣、しっかりやってください。

 

9月24日

地元から役所に出社するときは、東海道線で東京に出て(寝過ごす心配が無いのが良い)、丸の内線で霞ヶ関に出て、地下鉄の出口に直結の地下入り口から入り、エレベータで七階へ。

 今日もそのルートで出社しようとしたら、地下一階の入り口で、警備員にストップされる。ありゃ、ワシントンに行っているうちに内閣改造でクビになったか!!?

 まだクビにはなっていないが、内閣改造がどうもありそうで、そうなるとクビになる可能性もあるので、引継ぎ書を作り始める。

僕が就任したときには、役所がつくったなんだか訳のわからない、何が引き継ぎなんだかというようなものに署名する儀式だけだった。今度はきちんと、次の在外公館設置法改正案を外務省が出す際には、別表の国名がきちんと改正されていなければならないとか、人が変わって方針が変わらないようにきちんとしておくことにする。

 その一方で、臨時国会に提出予定の法案説明が始まる。いくつかの法律案に関しては、ダメを出す。

 

9月23日

9月16日から23日まで、ワシントンに出張していました(日程などはホームページを参照ください)。

ワシントンでの講演が二つ、(一つは日本の国内政治に関して、もう一つは外交政策に関して)と、地位協定の改定に関して、国務省、国防省、それにNSCと意見交換をすること、さらに米国議会にこの問題をアピールすること、ワシントンで行われる日系アメリカ人博物館のボードミーティングに集まる全米各地からの日系人のリーダーにお目にかかることでした。

ベーカー大使をはじめ、いろいろな方のご協力をいただき、大変実り多い一週間になりました。

 しかし、ワシントンにおける日本への興味の無さには本当に驚きました。まるで、日本が世界地図から消えてしまったかのような印象でした。

 小泉総理の訪朝と日銀の株式買い上げのニュースが無ければ、誰も日本のことについて話しをしていなかったかもしれません。

 特に議会の関心の無さはひどいもので、マンスフィールドセンターをはじめ、いろいろなところが上院議員、下院議員の中間選挙後の訪日を働きかけていますが、全く興味が無いといったところです。下手をすると、北朝鮮を訪れる米国議員のほうが、日本を訪れる議員よりも多いということになるかもしれません。

 中には日米関係が上手くいっているという証拠だという人もいましたが、学生レベルでも日本関係の人気は急落し、アジアの言葉といえば中国語を勉強する学生が増えています。八十年代に日本に興味を持った研究者が、そのまま日本を追いかけているだけで、新しい気鋭の学者、専門家が出てこないと、古くからの専門家が心配していました。

 

 地位協定に関しては、安全保障、基地問題に携わっている人達の間では、最後は協定改定を取り上げるのも、やむなしという雰囲気があります。もちろんその前にいろいろな技術的な問題もありますし、地位協定までいかずに解決することができればそれが望ましいというのが本音です。

 安保、基地問題に関して、透明性を高めたり、説明責任を果たすことに、アメリカは積極的だが、問題は日本の外務省であって、ワシントンに来る前に東京で解決すべきことがたくさんあるだろうという意見もかなり強くありました。この問題は、私の講演のテーマの一つでもあります。

 

 小泉訪朝に関しては、北が拉致を認め謝罪したことに対する驚きがありました。しかし、拉致問題の解明は当然のこととして、ミサイル問題や核兵器問題に関しても、きちんと解決がなされなければならないということでは、アメリカはかなり強硬です。

 

 アメリカが日本を見ていない状況の中で、日系アメリカ人社会がきちんと日本と関わってくれるかどうかは非常に重要になります。この春に始まった日系人の招聘事業などを通じて、このつながりを強めていく必要があります。

 グレン・フクシマをはじめ、NHKの朝ドラのさくらを見たことがある人から、このドラマに対する意見がいろいろとありました。日本に行ったことが無い日系四世が日本語を完璧に話すことなんかありえない、三世の家庭が日本語を話すことなんかありえない、何でさくらはアメリカ人なのにイギリス英語を話すのか等など。NHKの日系アメリカ人に対する認識の低さにちょっとがっかりというところでしょうか。私自身もこの春来日した日系人と会うまでは、きっとさくらを見ても何も不自然に思わなかったでしょうから、やや小さくなっていました。

 

国内問題に関する講演では、自民党税調とそれを牛耳ってきた山中最高顧問をかなり強く批判してきました。日本の経済問題の一つの原因は、この極めて不自然な党税調なるものにあるのは明白です。経済運営の重要なツールである税制を私するこの党税調を速やかに廃止し、内閣が責任を持って政策にあたらなければなりません。過去がどうだったかなどということは、この際、全く関係ないのです。もちろん税制だけでなく、全ての問題に関して、政府がきちんと透明性を確保し、責任を持って政策決定を一元的に行うことが必要です。

 

9月12日

夜、イタリア大使館で夕食会。地元から急いで東京へ。

なぜ、村山総理はナポリサミットで倒れたのか。新説は、村山総理は、ロシアも入った会食で出された口当たりの良いベリーニ(シャンペンのピーチジュース割り)を、ピーチジュースと間違えてしこたま飲んでしまった、というもの。

 

東電の原発トラブルで、プルサーマル白紙へ。

これまでの原発計画に大きな無理があったのが、表面化しただけで、これは氷山の一角だ。役人、政治家、電力会社、組合の鉄の利権構造の弊害だ。

都合の良いように稼働率を上げて原発の発電コストを下げてみせ、その挙句この事故だ。あのときの発電コストは、全ての処理費用を入れてと言っておきながら、使用済み燃料の後処理に三十兆円かかるとか言い出す二枚舌。

日本の再生可能エネルギーが伸びないのも、この利権構造が、原発に不利になるようなことを妨害しているからだ。

ここで日本の長期エネルギー需給見通しを、政治的に見直すべきだ。

 

9月10日

来日中のイギリスのe−Envoy(電子大使)、アンドリュー・ピンダー氏一行と夕食会。

話題は、e−Democracy、e−Transformation、e−Voting、e−Participation等など。

イギリスの電子投票は、日本と同じように地方選挙で実験的に行われたが、携帯電話からでも投票ができる仕組みで、最初の一票は上空のヘリコプターから投じられた(上空から投票用紙を投げたのではなく、携帯電話で投票した)。ある地方都市の中の六つのワード(地区)で、行われたそうだが、六地区とも保守党あるいは労働党のどちらかが圧倒的に強い地域で、多少実験でなにかあっても選挙の結果を左右しない地域ということで選ばれたそうだ。(細かいんだか、大雑把なんだか)

さらに、トニー・ブレアについて、労働党が政権をとるまでの歩み(僕よりも鳩菅に聞かせたかった)、イギリス議会のクエスチョンタイムについて、物まねが上手いラジオのDJが保守党の党首の声色で、首相官邸に電話をかけて、電話交換手がそれを党首と信じてブレア首相に繋いでしまい、首相は、これが生放送されていると気がつかずに、でも偽者だと見破り、ジョークにはジョークで返し、大人気だったこと(もし、鳩山さんの物まねをして、小泉総理に電話したらどうなるだろうか。そもそも本物の鳩山さんの声色を誰も知らないし..)等などで盛り上がる。

 

キャピタル東急ホテルの前にカメラの列。

そこにいたテレビの記者に何があるのときくと、某政治家が某政治家と飯を食うことになっているので、待っているのだそうだ。

思わず、それって馬鹿じゃないの、と言ってしまった。ごめん。でも、それって馬鹿だよ。もっとエネルギーを報道すべきことに使ったら。

 

9月7日

鳥取で開かれた合併シンポジウムのために、朝七時十分発の飛行機で鳥取へ。

 機内では、東京に出張していた片山県知事もご一緒だった。知事は、今週三回目の東京出張だそうで、全て高速道路がらみだとか。石原知事とのケンカばかりが報道され、僕のイメージも喧嘩っ早い人という感じだったが、お会いしてみると全くそんなことは無い。民主主義のために何をすればよいか、という視点から行動されているようで、県議会には与党も野党も無いと常日頃おっしゃっているそうだ。全く同感。県議会は大統領制なのだから。

 午前中は、国道九号線の現状と行政相談の結果できたバス待合所の窓を見て、片山知事が事業縮小を決めたカニ博物館、事業を中止した砂丘博物館の予定地、新しく作られた港などをみてまわる(ついでに長靴を借りて鳥取砂丘の馬の背に登ってみる)。

 合併シンポジウムでは、自治体の財政難を秀吉による鳥取城の兵糧攻めになぞらえて、知事が腹切って...云々という話も飛び出す。

 総務省を代表して、挨拶に立ち、ついこの間までは、総務省も合併に逃げ腰だった。大体、政府の出す文書に、与党は自治体の数を千にするという目標を掲げている、などと他人事のように書いてあったので、総務省はどうするのかと大議論をし、政府も千を達成するために努力すると書くことになった、と申し上げる。

 しかし、パネルディスカッションではいきなり高速道路の話になる。司会者が、いきなり片山知事に、鳥取の高速道路は大丈夫なのか、とふる。知事は、いや、まだまだ安心できない、と。

 無事にシンポジウムも予定通り四時に終了。飛行機の時間まで間があるので、街中にある温泉で一風呂浴びる。県庁所在地の街中で、温泉があるのはここだけらしい。

 飛行機は揺れまくって、午後九時過ぎに羽田着。その足で、韓国から来日中のハンナラ党のウォン・ヒーリョン議員と久しぶりに会う。高崎にいる山本一太参議院議員を電話で捕まえて、韓国の大統領選挙の最中にこちらから訪問する日程を決める。

 その後の深夜からの飲み会は、うちのスタッフの李さんにまかせる。李さんは、釜山大学を首席で卒業し、今の韓国国会議長の秘書を務め、現在、日本に留学中(僕の韓国語のホームページは李さんの手による。このごまめの歯ぎしりのバックナンバーも韓国語に訳されている)。酒はめっぽう強く、李さん、酒はどのくらい飲むの、と尋ねると、うーん、そうですね、焼酎なら九時間ぐらいですかね。

 

9月6日

国会は閉会中だが、総務委員会が今日、閉会中審査(国会の閉会中に個別の委員会が審議を行うこと)を行う。内容は公務員給与に関する人事院勧告についての質疑。共産党と社会党が、公務員の給与引き下げに反対。

 

自民党内でおかしな動きがあることが新聞に報じられる。

一つは、自民党税調の幹部の思い上がった発言。党税調なるものは、国会に対して、つまり国民に対して責任を負わない全く私的な存在に過ぎない。そこが、これまで慣例で、税制を仕切っていたことが問題なのだ。経済運営に欠かせない税制の議論を、こんなおかしな幹部がいる組織が取り仕切っているから、日本経済は信用を失う。経済政策は、政府が一元的に取り仕切るべきで、過去のしがらみはこの際全て断ち切るべき。(経済政策だけではないか)

 

公的資金を投入して、株価を維持しろという政策を提言する与党政治家がいるが、株価は結果であり、原因ではない。株価を維持するのに公的資金を使っては、やはり日本市場が信用されなくなる。

公的資金を使ってでも不良債権の処理をするべき。

 

明日は、鳥取で政府も主催する市町村合併のシンポジウム。朝、七時十分の飛行機で行かないと間に合わないか。

 

9月5日

WSSD(World Summit on Sustainable Development)が行われている南アフリカのヨハネスブルグに、GLOBEの一員として、行ってまいりました。(日程はホームページ上の出張報告で)

 海外出張では、基本的に外務省、在外公館に迷惑をかけないことにしていますが、ヨハネスブルグは極端に治安が悪いため、空港到着から出発まで、他のGLOBE議員(橋本元総理、田端正広・若松兼維両代議士、広中和歌子・加藤修一両参議院議員、小杉隆元代議士)同様、外務省をはじめ各省のロジスティックス担当のお世話になりました。

 空港では、お金を替えないようにという注意に始まり、スイス代表団が二度、強盗に襲われた事件、邦人がヨハネスブルグ中央駅で身ぐるみはがされた事件、日本パビリオンで日本からの参加者がパスポートまで盗まれた事件などの話を聞かされ、決して単独行動をしないように、どこにいくにも必ずロジスティックス担当者が同行するようにとのご注意を受けました。

 各議員に配られた資料の中には、覆面パトカー、あるいは私服警察官を名乗る人間に停止を命ぜられたときは、運転手に対し、停止しないように指示すること、相手が銃を向けるなど、どうしても停車しなければならない状況になったときは、ガソリンスタンドなど人目のあるところに止めること、目的地までのルートは事前に確認し、見知らぬ人に道を尋ねないことといった注意書きが書いてありました。

 夜間に信号で停車した大使館の車が、後ろの車から降りてきた人間に囲まれてしまったということもあったそうです。夜は赤信号でも止まらないように、とのことでした。

 こうした状況の中、自由行動はできず、国会議員に割り当てられたバスが二台ということで、本来の目的だった諸外国のNGOや代表団とのネットワーキングも思うようにいかず、片道二十時間かけて行った割には成果の上がらないものになりました。

 そんな中でも、南アフリカの議員との意見交換の中から、南部アフリカ十四カ国の政治家と日本の政治家の間での電子メールを利用した意見交換を継続的に進めていこうという合意やアフリカのNGOとの意見交換、OXFAMをはじめとする先進国のNGOや世界銀行との債務問題に関する情報交換の窓口をつくることができたことなどができました。

 日程が許せば、GLOBEの総会にも出席したかったのですが、残念ながら、欠席になりました。しかし、百聞は一見にしかずといいますが、初めての南アフリカで、アパルトヘイト後の実態を見ることができたのは収穫でした。

 GLOBE日本としては、次は、来年の世界水フォーラムで、各国の議員による会議を主催することになります。これからは、そこでの提言に向けた活動を始めていくことになります。

 

 いつも感じることですが、日本からの情報発信能力をもっと強めていくことが本当に必要です。

 日本が何を言うのか、世界が注目しているという状況を作り出していかなければ、世界は日本の発言に目を向け、耳を傾けてくれません。金がなければ、ODAがなければできないような外交では、これからは通用しません。

 さらに、もっと単純に、英語の能力が日本人全般に無さ過ぎます。英語でなければ発信できないのが現実です。根本的に日本の英語教育を根本から立て直さなければなりません。中高の六年間、大学まで行けば十年間、英語を勉強しているのに、この程度の英語力というのは、日本の英語教育に問題があるというよりも、今の英語教育そのものが問題だと言わざるを得ません。

 英語よりもまず国語、などとおっしゃる方がいますが、日本語をそもそも英語と比べるのがおかしいのです。日本語は、文化であり、文学ですが、英語は単なる道具です。(もちろん英文学や英語圏の文化もありますが、そんなものが必要とされているのではなく、単なる言葉としての英語が必要なのです)。コンピュータが道具であるように、英語も道具です。日本語か英語か、ではなく、我々の文化である日本語は当然教育の中の大切な一部ですし、英語は情報発信のための道具として、使えるようにならなければなりません。

 

8月31日

朝、四時起床。4時45分平塚発、山北町へ。

 今日は神奈川県山北町で、ラジオ体操のNHKの全国(いや、全世界)放送が行われ、主催者の総務省を代表して参加。

 ラジオ体操が総務省というのもちょっとびっくりだが、もともとラジオ体操は、郵便局の簡保加入者の健康増進を目的として始められたものだそうだ。ラジオ体操第一は、今年で七十四年目、第二体操は五十周年、新しいみんなの体操は三年目。

 驚いたのは、ラジオ体操のピアノの伴奏は、生演奏だということ。てっきりテープで音楽を流しているのかと思っていた。晴天のときは外、雨天は体育館と、ピアノを二台用意している。ピアノはグランドピアノで、調律は何回やること等、細かい規定がいろいろあるらしい。

 六時半から十分間の放送だが、六時から挨拶やら、準備体操があり、ぴったり六時半から十分間で第一体操と第二体操が終わる。

 来年からは、郵政公社が主催者になるため、今日が、長年続いた総務省(逓信省・郵政省)主催のラジオ体操夏季巡回の最終日だった。終わってから、それに気づく。まさか、夏休みにやっていたラジオ体操の主催者側になるとは、夢にも思わなかった。

 一万数千人の人口の山北町で、二千五百人が今朝、このために集まってくださった。町は、一年がかりで準備したそうだ。感謝。

 

8月29日

民主党の代表選挙で、前原代議士を推薦する。

お前が口を出すことではない、と言われるのは承知の上で、それでもちょこっと口を出したい。

民主党にもいろいろあるようで、なんだ、それじゃあ小沢一郎と同じじゃないか、ということもある。で、マスコミがそれを報道するかどうか、ということも問題だ。きれいごとのふりをするのか、真実を報道するのか。で、いろいろ考えると、僕は前原代議士にエールを送る。

 

朝、アーミテージ国務副長官と一緒に来日した旧友のマイケル・グリーンが議員会館に。同盟の問題をめぐってしばらく議論する。

来月十九日には、ワシントンのジョージタウン大学で、二人で日本外交をめぐって議論することになっている。結構楽しみだ。

 

中核市の市長と総務大臣以下の意見交換。

財源移譲の話や合併期限の話が主だが、中には中央官庁ごとのネットワークができつつあって大変だ、何とかLGWAN一つにまとめてほしいという声もあり、どうなっているのか至急、実態調査をする。

明日は市長会との懇談。それで政令指定都市、中核市、特例市そして一般市の市長との懇談が一巡する。

 

学生のための政策立案コンテスト、GEIL2002にコンサルタントとして出席。今年のテーマは選挙。

みんな熱心だが、民主主義に対する考え方の甘さ、権力の怖さに関する認識の甘さにやや驚く。

チーム内のコミュニケーションが上手くいっていないと、声の大きなメンバーに引っ張られて、提案がゆがむ。最初のグループは、それが顕著だった。

一週間、メンバーは合宿しながら政策提案をまとめるのだが、飲酒禁止、外出したりしてコミュニケーションをとることも少なく、みんな一生懸命に政策作りに励んでいるらしい。最初の二、三日は、コミュニケーション作りにも、もう少し力を入れても良いのかなと思う。

 

ダボス会議を主催するワールドエコノミックフォーラムが、新たにブループリントフォージャパン2020というプロジェクトをスタートし、その最初の会議が開かれる。来年のダボス会議に向けて、2020年までに日本再生の青写真を書こうというもの。

日本がアプローチすべきもっとも重要な十項目を選び出して、その戦略をつくる。ちょっと忙しくなりそうだ。

 

8月26日

週末を利用して、北海道に行きました。

土曜日は、稚内で講演を引き受けていたので、昼前に稚内に到着し、宗谷岬、海産物の工場と酪農家を見せていただき、稚内市長ともお時間をいただいて、ロシアとの経済交流のことや北海道のような場所での地方自治のあり方について、意見交換をさせていただきました。夜は、稚内青年会議所のメンバーと、いろいろと意見交換をさせていただきました。

日曜日は、稚内から車で延々と海岸線を走り、途中、網走によって、知床半島の根元を横切り、根室から納沙布岬にたどり着いて、北方領土を間近に見ることができました。夜は、根室青年会議所の現役メンバーとOBと北方領土について、漁業について、スズキムネオについて、熱く語りました。

月曜日の早朝、根室から釧路に向かい、湿原をみて、帰京しました。

北海道の大きさを実感すると共に、ロシアとの間のニュースにも出てこない実態を、直接、伺うことができて、また、今後とも生の声を聞くことができるチャネルを作ることができたのは、大きな収穫でした。

これまではスズキムネオという何かが挟まったような北方領土問題でしたが、これからきちんと関わっていこうと思います。

 

羽田空港から役所に戻って、官房総務課や政策評価広報課との打ち合わせ。

その後、これまで省内でずっと議論してきたある問題にいよいよ決着をつける。

これまで事務方とは延々と議論し、省議で問題提起してきたが、事務レベルではもう限界、現状維持しかできないとのことで、わかった、後は大臣、副大臣、政務官で決める、と議論を打ち切る。ところが、概算要求のリミットを考えると今日がデッドラインだが、副大臣以下の日程がそろわず、大臣と直にやることに。

秘書官から、大臣は五時までレクでびっしりなので、その後で、という連絡が入り、早速準備する。

現状ではこの問題の取り扱いは議院内閣制と制度的に食い違っているということ、総務省の組織の新規要求との整合性がとれない、現状では政策目標が立てられず政策評価ができない、現場から見ると総務省が逃げているように見えるの四点を柱にする。

と、秘書官から、大臣は五時にすぐ出発しなければならなくなり、レクの隙間をあけるので、そこでやってくれということになった、と。

レクの隙間といったって、ニ、三分しかない。二、三分でどうしろっていうの、と思ったが、無い袖は振れず、無い時間は使えない。

二分で説明できないものは三十分でも説明はできない、とかいう格言があったが(いやなかったかもしれないが)、控え室で大臣の時間を待つ人達を尻目に大臣室に駆け込む。

よく考えれば、大臣は、この問題の閣議決定にも参加しているわけだし、国会答弁もしているわけで、僕とどちらが詳しいかといえば、大臣のほうだ。で、数分後、あなたの主張はよくわかる。一日、私に預けてくれ。

数時間後、大臣のご判断で、政府もその実現に向けて、という貴重な一文が入り、総務省もいよいよ自分のこととして一歩を踏み出すことになった。

 

8月22日

朝、八時半に高輪の宿舎を出て、地元へ。弔問と打ち合わせの後、東京にとんぼ返り。

12:30 情報通信政策局 説明

12:45 行政管理局   説明

13:00 行政評価局   決裁

13:30 郵政事業庁   説明

14:00 自治行政局   説明

      自治財政局   説明

      統計局     決裁

15:00 韓国からの国会議員団来訪

15:45 市町村課など

16:00 省議

その後地元のお通夜へ。

 

8月31日には、朝のラジオ体操に総務省を代表して出かけることになっていて、そのための体操の練習がこの合間に入る。新しいみんなの体操を練習して、ラジオ体操第二のおさらい。

合間に昼飯をかきこみながら、今後の日程の調整も。

省議では、大臣が、夏休みはこの日曜日までと宣言し、いろいろと忙しくなりそうだ。

今日、一往復半した電車の中で、ディック・フランシスの昔のミステリを読み終えてしまった。

 

8月21日−2

シアトルでのリーダーシッププログラムに関するお問い合わせを多数いただいております。

詳しくは、

http://www.usjlp.org/

をご参照ください。(来年の神戸向けにまだアップデートされていませんが、大体のことはお分かりいただけると思います。)

二十八から四十二歳の間で、英語でディスカッションできることが応募の条件です。

来年の神戸のプログラムは七月終わりから8月初めまでの一週間です。来年のメンバーは、再来年のシアトルでのプログラムにも参加することになります。

 

8月21日

シアトルでの米日財団のリーダーシッププログラムを終え、ロサンゼルスへ。

ロサンゼルスでは、全米日系人博物館とロサンゼルス総領事館共催の日系アメリカ人と日米関係のシンポジウムにパネリストとして参加する。

日系人が、これまでの日米関係にほとんど関与してこなかったのは、不思議なぐらいだが、二世が戦時中に経験したことを考えれば、それも無理のないことかもしれない。(ビジネスの面では、日本企業のアメリカ進出に日系アメリカ人が果たした役割は計り知れない。それを良く知っているソニーの盛田元会長が全米日系人博物館のために非常に努力された)

今年の春、外務省のイニシアチブで、十名の日系アメリカ三世が日本を訪問し、日系人と日米関係の新たな一歩が踏み出された(と思う)。三世の多くは、日本語を話すことができず、日本に全く行ったことがない三世も多い。しかし、一度、日本を訪れると、やはり、日本のことを考えてくれるようになる。

アメリカのマスコミが、次々と日本から中国に支局を移している中で、経済の動向に関わらず、日本のことを気にしてくれる存在がアメリカにいてくれることはありがたい。

日系人と日米関係に関するシンポジウムのようなものが開かれるのは、珍しいようで、これを機会にこの問題をきちんと取り上げていきたいという声が、日系人の間にも強い。とくに、この春に日本を訪問した十人はかなりアクティブにこの問題に取り組んでいる。

 

シンポジウムの後のレセプションに、外科医のポール・テラサキ博士が出席。博士は、日本の脳死移植の遅れに業を煮やして、厚生省に働きかけ続けている。ドナーカードなど即時に廃止し、近親者の意思を尊重するべきというのが博士の主張だ。博士は、まだ日本では生体肝移植のドナーの死亡例がないが、アメリカでは三例起きている。健康な人間の身体にメスをいれることが解決策であるはずがない。今に日本でもドナーが死亡するということが起きるだろう。そうなったらどうするつもりだ、と。

博士の主張にも一理ある。ただ、日本でいきなり近親者の意思ということになるだろうか。まず、運転免許証などにドナーの意思を記入できるようにしたいというと、年間五例の脳死移植が十例になる程度だろうと、博士は否定的だ。

 

ロサンゼルスのシンポジウムでも日本のNGO活動に対する法的な支援の少なさが指摘されたが、シアトルでも、NGOに対する意識の違いを認識した。

米日財団は、リーダーシッププログラムを五年間という年限を切って始め、六年目からは参加者が自分でプログラムを運営することになる。今年で三年目になるため、いよいよ六年目からどうするかということを計画し、動くためにメンバーの中から運営委員会が組織された。

アメリカ側の参加者にとっては、ごく当たり前のことのようで、何をいつまでに、誰が責任者になって決めるか、提案するのは誰で、承認するメカニズムはどういうものか、あっという間に決まっていく。メンバーがプログラムを運営するならば、当然、NGOが必要になるという話になる。

すると、アメリカ側の初年度のプログラム参加者が、たぶん必要になるだろうからと、すでに501C3という税金の控除を受けられる団体の届出をすでに済ませていて、いつでも資金集めを始められる体制になっていると話し出す。こんなことは当たり前のことらしい。

財団が、世の中の役に立ちそうなプログラムに金を出す、しかし、ずっと支援するのではなく、年限を切って支援し、そのプログラムが本当に世の中の支援を得られるかどうか、試す。そして、そのプログラムの良さをわかっている人間が、その後の運営に力を貸す、と言うことが自然にアメリカでは行われているのだということを実感した。

官から民へという小泉改革を実現するためには、NGOのセクターの充実が必要だ。NGOが雇用を創出できるような仕組み、とくに税制の改革が必要だ。

 

8月15日

Day 5 in Seattle

シアトルワールドトレードセンターで開かれたシアトルジャパンソサエティの朝食会で、How to Change Japanという題でスピーチをする。

世界第二の経済と言いながら、不良債権の問題を解決できず、経済の先行きも不安定な日本に対するアメリカのフラストレーションは、今やあきらめに変わりつつある。変われない日本と変えない日本政府、政治家、官僚、政治システム、産業界、日本人に対するさじを投げる気持ちがだんだんと強まっているのは、ワシントンだけでなくシアトルでも同じだ。

スピーチでは、日本の国会の非民主的なルールに触れ、国会の民主化が何よりも必要な第一歩であることを説明する。

不良債権を本当に処理するためには、信頼できる銀行検査と公的資金の投入、銀行の経営陣の刷新等を本当に断行できる人材の投入が必要であり、さらに閉鎖的な党税調なるものが重要な役割を果たしていること自体が、時代錯誤な既得権偏重につながっており、いかにばかげたことであるかを力説。

その先にあるものの一つとして、日本への移民の受け入れとその先鞭としての日系アメリカ人に対する働きかけ(日本と日米関係に対する興味を持ってもらうことに対し)を重要な課題としてあげる。

九月の内閣改造で、小泉首相が改革派だけをきちんと選べるかどうかが、日本が変われるかどうかのカギを握ると締めくくる。

 

昼からリーダーシッププログラムに戻り、ミネソタ大学の犯罪学教授とサンノゼ警察の監察官のプレゼンテーションとディスカッションに出席。

プレゼンテーションの内容は、日本とアメリカは、1950年代は、犯罪の発生率でほぼ並んでいたが、日本が大きく低下したのに対し、アメリカはまだまだ高い発生率になっている。しかし、90年代に入り、アメリカの犯罪は確実に減り続けているのに対し、日本の犯罪は増え続けている(絶対数は圧倒的にアメリカが多いが)。

しかし、日本では囚人の数がほぼこの何十年変わらないのに対し、アメリカでは飛躍的に囚人の数が増えている。

アメリカでは、州によって、服役中、執行猶予中、そして釈放後も投票できない州があり、その結果、選挙の結果に影響が出るレベルになっているという。現在の状況は、共和党に有利であり、民主党に不利になっている。おととしの大統領選挙はもちろん、いくつかの上院議員の選挙で、結果が変わってしまった可能性があるそうだ。

 

夜はマリナーズ対レッドソックスの試合を見る。

セーフコスタジアムにいるだけで楽しい。ベルマーレも飲み物や食事を含め、スタジアムのあり方を考える必要がある。

イチローがヒット一本、佐々木が締めてマリナーズの勝ち。

 

8月14日

シアトルで開催されている米日財団主催のリーダーシッププログラムに参加しています。

二十人の日本人と二十人のアメリカ人が一週間、朝から晩まで生活を共にして、徹底的に議論しながら、徹底的に遊び、仲良くなろう

というプログラムで、今年で三年目です。

アメリカ側の参加者は、量子力学の専門家、NGOの代表、日用品のマーケティングマネジャ、カリフォルニア大学の政治学助教授、弁護士、ピュー財団理事、ホワイトハウススタッフ、神父、サンノゼ警察の監察官、カーネギー財団のプログラムマネジャ、連邦高裁のスタッフ、小児科医、陸軍中佐、上院財務委員会スタッフ、宇宙飛行士、デンバー大学講師、作曲家、犯罪学者、判事、ジャーナリスト、教育コンサルタント等など。

朝九時から午後四時半までの議論と夕方のバーベキューやシアトルマリナーズの試合観戦といった公式プログラム、そして、夜のカラオケ、飲み会etcの私的プログラムが一週間続きます。

 

今日までのプログラムのハイライトは、日系アメリカ人宇宙飛行士のダン・タニのスライドとビデオを交えた宇宙の体験談。

圧巻だったのは、宇宙飛行士が宇宙から撮った911のニューヨークの写真で、崩れたワールドトレードセンターから立ち上る煙がくっきりと写っている。

夜、ビリヤードをしながら聞いた、もともとエンジニアだったダンが、宇宙飛行士に応募してから、訓練を経て、宇宙に行き宇宙遊泳をするまでの体験談は、非常に面白かった。

 

このプログラムは、毎年夏に一週間開催される。今年はシアトルで、来年は神戸で開催される。参加者は、シアトルと神戸のプログラムに一回ずつ参加することになる。

日本側の参加者は、来年の神戸で、二十人の新人に入れ替わるので、これから新たに参加者を募ることになる。

参加条件は、プログラムは全て英語で行われるため、英語でディスカッションができることと28−42歳であること。

この種のプログラムの中では、文句なく一番面白く、メンバー同士が仲良くなれるプログラムだと思います。

バラエティに富んだ大勢の日本側参加者の応募をお待ちしています。

 

8月9日

総務省の第二回政策評価会。

委員の皆様にも忌憚のないご意見をお願いする。政策評価をやる以上、役に立つものにしなければ意味がない。

 

塩崎代議士の地元松山市の後援会へ。

羽田で、田中真紀子代議士の議員辞職のニュースを聞く。

明恭会という塩崎代議士を支援する会の皆様に、来年の自民党の総裁選挙では、推薦人がどうとか言う前に、塩崎ビジョンを掲げ、総裁選挙に出るという意思表示することが大事だと訴える。勝てる戦いだけでなく、負けるかもしれないが、全国民の前で主張するチャンスを貪欲につかんでいくことが大事だ。

塩崎代議士から、やるぞという意思表示もあり、松山までいった甲斐があった。もちろん、それまでに自民党がなくなるかもしれないが、そのときはそのとき。

 

8月8日

神奈川県から国への要望を伺う会が横浜で開催される。

中小企業向けの金融問題、街づくり機関の運営に関する支援、県費負担教職員制度の見直し、そして富士山の噴火への対策など多様な問題についての県の考えの説明を受ける。

 親父さんテレビで元気そうだったなあ。君、髪の毛がはねてたけれどあれは寝癖かい。ほっといてくれ。

 

岸田文雄、塩崎恭久代議士達と新設が予定される食品安全委員会の説明を聞く。いやな臭いがプンプンする。

 これまで科学的に行われるべき食品の安全に関する分析とそれに基づいて設定される基準の数値の設定が、厚生省、農水省という一つの役所の中で両方行われてきた。その結果、行政の都合で、科学的分析に基づいて整然と行われるはずの基準の策定等がねじまげられてきた。

 今回、独立した委員会を作る目的は、科学的な分析と、それに基づいて行う行政を厳密に分けるということにある。食品安全委員会は、科学的な分析、そして役所がそれに基づいて行政的な観点からの管理ということになるはずだ。

 落とし穴は、食品安全委員会の事務局。官僚の今の思惑は、ここに農水、厚生の両省から官僚を出向させ、コントロールする。ふざけるな、だ。塩崎さんから、当然ここは、ノーリターンなんだろうな、と質問が飛ぶと、いや、優秀な人材を確保するためにノーリターンにするなという村井大臣からの指示もあるので、そうは考えていない、だと!

 なんで、そこに役所の人間が来る必要があるのか。NGOからでも良いではないか、と聞くと、いや、行政の経験があったほうがいい。行政の経験のある人間が、ここに来て、また帰る必然性はあるのか。こんな組織のこんな事務局では、食品行政に対する国民の信頼は取り戻せない。大手企業どころか、政府自体がいかさまをやっていることになる。

 もし、僕が総務省に残っていれば、この事務局は認めない、と宣言する。残っていなければ、そのときは、村井大臣を問い詰めよう。政治家もマスコミも消費者もこんな嘘を通してはいけない。

 今度の再編の根底にある考え方を説明する言葉も、問題だ。

 科学的な見地から、食品や添加物の安全性を分析するのがリスク評価。それに基づいて、基準を設定したりするのがリスク管理。そして安全性に関する情報を提供し、また、意見を受け付けるのが、リスクコミュニケーション。このプロセス全体をリスク分析。では、リスク評価とリスク管理とリスク分析の違いを述べよ。わかんねーよ、そんな言葉。消費者にきちんと今回の考え方を伝えようとするならば、コーデックスの用語を単に翻訳するだけではなく、消費者が使っている言葉から置き換えていかなければ、意味を伝えることはできない。

 

8月7日

朝、役所で打ち合わせ。

一つ、引っかかったのは、インターネットの関係で、総務省がXX県某村に問い合わせたいことがあるときに、XX県の情報政策課に

連絡し、某村に問い合わせをしてもらう。返事はXX県経由で戻ってくる。それならば、総務省が直接、某村にメールで問い合わせを

して、コピーをXX県情報政策課に入れれば良いのではないか。単なる中継ぎだけのために県を使う必要はないし、それではネットワ

ークの効果が半減する。

 

十時半、党本部八階のリバティー一号室で、河野洋平、河野太郎の移植経験者から、自民党の臓器移植の小委員長を務める宮崎参議院

議員に申し入れ。

十五歳以下の脳死による臓器提供への道を開くことを検討すること脳死移植でもレシピエントに関する提供意思を尊重すること、運

転免許証などに提供意思を記載すること、C型肝炎に関する治療の問題を重点的に検討すること、C型肝炎による肝硬変のための移植

への保険適用を検討すること。

親父も元気なのはいいが、とりあえず毎日暑いし、ゆっくりやってくれよな。閉会中なんだから。

 

十一時半、概算要求に関する省議。フリートーキング。

概算要求に新しい項目として入れるべきものを提案する。いろいろと難しいようだったが、最後は大臣が、いいじゃないか、やったら

いい、と。

 

政務官室の机の上の未決書類箱に、参考資料、雑誌の大きな山が。秘書官室のスタッフから、地震が来たら危ないですから、何とかし

てくださいと催促。

そう言えば、どんな雑誌が来ているのかとリストにしてみる。

とりあえず、今日、僕の机の上にあったものは、

地方議会人

海外論説速報

統計情報

えがりて

自治大阪

統計局統計センター報

みんてつ

東経連

行政管理研究

全国市議会旬報

共同参画21

月刊民放

自治日報

私たちの広場

消防の動き

郵政研究所月報

みずとともに

地方公務員月報

官界通信

NEC技報

ヌーベルエポック

エストレーラ「統計と情報の専門誌」

地方債月報

総務省広報誌

Pocket Statistical Information

市政

週刊行政評価

民間放送

地方税

地方財政

日本下水道新聞

テレコムレビュー

公営企業

Subway

統計調査ニュース

行政評価月報

地球博便り

Myしずおか

日本統計月報

フォーブス

人事行政季刊

季報情報公開

恩給

地方行財政旬報

統計

地方自治

公営企業

経済トレンド

公益法人

なるほど改めて、総務省の範囲の広さを感じる。

とりあえず、山を平らにして部屋を出ました。

 

8月3日

慶応大学の小此木先生から声をかけていただいた日韓問題に関するフォーラムに出席。日韓のFTAに関して専門家からの手厳しいご意見をいただく。

友人のチャン・ソンミン前議員、ハンナラ党のパク・ウォンホン議員、延世大学のキム・ウーサン博士やハン・スゥンミ助教授等などと旧交を温める。

 

夜はベルマーレ対森島、西沢を擁するセレッソ。

観客一万人動員作戦は、9730人。ベルマーレの小長谷社長が、一万人目標といったら、一万人に来ていただく。それができなければ失敗だ、と檄を飛ばす。試合はベルマーレが押していたが、1−2で惜敗。

昼の韓国側の話では、チョン・モンジュKFA会長が中国で北東アジアリーグの話を提案してきたそうだ。スーパーリーグの前にJリーグとKリーグのチャンピオンシップという話もあるようだ。

韓国は新しいスタジアムをたくさん作ったから、使い道を考えないと、という声があり、あれ、どっかの国と同じだなと思った。

 

8月2日

七月三十一日 通常国会閉会。

9時  核軍縮議員ネットワークに関する取材。

9時半 レク

10時 太郎塾のグリーンマイレージ構想に関して、物流業界の専門

    家と意見交換

11時15分 総務委員会

12時 総務省の政策評価について 新潟大学大住先生

12時45分 代議士会

13時 本会議 請願、閉会中審査、議長挨拶

13時半 赤旗政治部の取材

14時 勉強会

15時半 軽く打ち上げ

16時 河野洋平、藤村志保両氏と臓器移植法の改正に関して

17時 総務省政策評価広報課

 

通常国会ついに閉会。なぜか一時の本会議は、散会せず、暫時休憩となる(いつもこうだったっけ?)。休憩後再開して、紫の袱紗が出てきたらどうする、と誰かが。そうしたこともなくそのまま終了。

なぜか、赤旗の取材を受ける。俺は共産党ではなく、一応、自民党だぞ。

厚生省の臓器移植に関する会のメンバーの藤村志保さんから、臓器移植について。十五歳以下の子供への移植、脳死による臓器提供にあたってのレシピエントの選択に関するドナーの意思の反映の二点について。十五歳以下の場合、竹内基準を強化してでも、道を開く方法を考えることを支持する。また、脳死の場合でも、ドナーの意思を優先するべきということでも意見が一致する。

 

八月一日 終日 成田空港。

今日は、法務省が年に一回、出国審査に要する時間を調査する日。ならば、セキュリティチェックの行列に要する時間も調査すべきと申し入れる。セキュリティは空港公団の担当ということなので、空港公団の了解を得て、法務省と河野太郎事務所で、共同調査をさせていただくことに。

朝、七時に成田空港集合で、夜八時まで、河野太郎事務所のスタッフ、太郎塾、そしてお手伝いいただいた学生さん達、総勢二十数名で、第一ターミナル、第二北、第二南の三ヶ所のセキュリティチェックの行列通過に要する時間を調査する。

その内側では、法務省が出国審査の時間調査。

ご協力いただいた出発客のみなさま、ありがとうございました。

十三時間、食事以外はかなり立ちっぱなしで、疲れた。

調査のためにお借りした公団の腕章を巻いて立っていると、空港職員と勘違いされ、さまざまな質問が。

出国審査の外に郵便局はありますか。 えーっと、...

出国審査を抜けても免税店はありますか。 たくさんございます。

あの、アメリカのパスポートで、デトロイトに帰るんですけれど、出国審査を受けなければいけませんか。 はい。  などなどなど..

調査の合間に、外国人の入国審査の長蛇の行列の様子と偽造パスポートの摘発、爆破物検査装置に関しても、レクをしていただく。ものすごい高度な偽造パスポートとそれを見た目、手触りで見破る検査官の技能にただ、驚き。成田では、毎週末、一日十人程度、偽造パスポートが摘発されているそうだ。

 

空港の民営化問題も議論されているが、利用客の満足度も大切な要素だ。