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8月9日
恐怖のオーストラリア出張。
六日の夜成田を発って、七日の十一時にキャンベラ着。四十時間強の滞在で、キャンベラ発、帰国。
キャンベラというのは、人工的に作られた首都で、非常に限られた機能しかない街。観光のガイドブックにもキャンベラは数ページしかないが、ほとんど観光で行って見るべきものはない。
しかも、キャンベラ滞在中の大半を国会議事堂の中で過ごし、オーストラリア滞在中、ホテルと国会議事堂、それと夕食に行った中華料理店とイタリア料理店(キャンベラの食堂街に隣り合わせにある)しか行かなかった(そういえば労働党と自由党の党本部にも行ったか)。
て、ことはキャンベラに見るべきものがあるかどうかもわからないか。
キャンベラを訪問するならば、ガイドブックとしては、大使館の作っているキャンベラ案内がベストだと思う。
オーストラリアの主要な四つの政党が共同でオーストラリアの政治交流会議を設置し、オーストラリアの連邦議会、州議会の議員、及びスタッフが海外を訪問し、また、外国の議員をオーストラリアに招待する活動を始めて二十年目にあたる。
日本を過去にこのプログラムで訪問した議員は、今回、昼食、夕食、レセプションと何度も顔を見せてくれ、実に親日的。日本以外を訪れた議員も、このプログラムを大事にし、レセプションには、下院議長や大臣も出席してくれる。
だから今回も外務大臣をはじめ、与野党の主要メンバーが時間をとってくれた。
オーストラリアの国会議事堂は、そのなかに各議員の事務所もあり、いわば日本の国会と議員会館をあわせたようなもの。下村代議士曰く、日本の国会議事堂のなかにもこんなに長くいたこと無いよ。
オーストラリアは、今年中に行われる総選挙に向けて、盛り上がっている。自由党・国民党の連立が政権を守るか、労働党が政権を奪回するか、民主党がどの程度の台風の目になるのか、悪名高いワンネーション党は、どうなるのか。
貿易相手が景気悪いにもかかわらず、オーストラリアの経済は非常に好調だ。導入されたばかりの物品サービス税にあわせて、所得税をどうすかのか、教育や環境問題などが争点になる。
団長の園田代議士は一日にたばこ50本をすうヘビースモーカー。しかし、オーストラリアは国会議事堂、ホテルのロビー、レストラン、全て禁煙。寒空の中を外で背中を丸めてたばこを吸う団長の姿が、そこここで見られた。
帰りの飛行機は八時間五十分の禁煙。スチュワーデスに頼んで、非常口からこっそり外に出て、翼の上で、たばこを吸っている団長の姿が、窓からみえるわけはないか。
日程などは、ホームページを参照下さい。
8月5日
今回の参議院選挙で、最も多かった無効票は、神奈川県では松たか子だったらしい。松あきらと書くつもりが、たか子になってしまったようだ。後援会長と、参議院選挙の反省をしながら、候補者の名前は、はっきりと伝えなければだめだな、という当たり前のことを再確認。
しばらくご無沙汰してしまった方々に選挙の報告を兼ねて、ご挨拶に伺う。と、途中、東海大学の裏で、交通機動隊のお巡りさんが二人、ピッと笛を吹いて、車を寄せる。運転していたスタッフが、何があったんだろうと言っていると、はい、あそこ、一時停止ですよ、免許証お願いします。えっ、もうこれで点数がないと落ち込むスタッフ、僕は、助手席で笑いながら慰める(なぐさめになってねえよ)。
反則切符を持ってきたお巡りさん、えーっと勤務先は、なんと書けばよいかな。小さな声で、はい、コウノタロウ事務所です。
と、お巡りさんのペンがピタッと止まり、えーっとコウノタロウさんのコウって、どういう字でしたっけ。
思いっきり落ち込む僕と、さんずいのかわです、と言いながら、必死に笑いをこらえるスタッフ。
車をスタートさせながら、大丈夫ですよ、きっとあの人、秦野のお巡りさんですよ(なぐさめになってねえよ)。あーあ、次のポスター、顔より名前を大きくしよう。
六日の夜から九日まで、与党三人野党二人のオーストラリア訪問団の一員に。国対委員長も、本来ならば臨時国会も召集されるし、許可しないところだが、今回の臨時国会は、参議院の院の構成だけだから、今回は許可する、と。おっと、向こうは冬だから、冬物を出さないと。
大変多くの方から、US-Japan Leadership
Programに関するお問い合わせを頂き、ありがとうございました。
下記ホームページをご参照下さい。
http://www.usjlp.org/
尚、日本側の参加者の募集は、来年秋となっておりますが、今年は旧メンバーのはずのアメリカ側も四名の新人が参加していましたので、来年夏のシアトルでの会議に、現日本メンバーから欠員が出れば、補充されることになると思います。そのあたりは、プログラム事務局と掛け合ってください。
尚、昨年のシアトルのプログラムに関しては、http://www.usjlp.org/article.htm
をご覧下さい。参加者の一人で、ブルームバーグのコラムニストが書いた記事が載っています。彼は、今回、ニューヨーク市長選挙に出馬しているマイケル・ブルームバーグの選対にいるため不参加で、来年に参加する予定です。
8月4日
県知事、三副知事以下、県幹部出席のもと、神奈川県からの国への提案、要望事項を国会議員に伝える会合。
数多くの提案、要望があるが、
最重点三項目は、
−地方税財政制度の改革と地方分権の一層の推進
−五つの県土構想の着実な推進
−廃棄物総合対策の推進
また、今年初めて神奈川県から国への要望としてあげられたのは
−認可外保育施設に対する総合的な施策の推進
−遺伝子組み換え食品の安全性確保対策の推進
−小児緊急医療の充実
−PRTR制度の推進
−都市再生の一層の推進
−旧日本軍の爆発物対策への適正な対応
−電子政府実現に向けた国と地方自治体の共通基盤の整備
US-Japan
Leadership
Programは、日程を終了。希望者が多いため、国会見学をオプションで実施。来年、また、シアトルで。
次年度以降の参加者を募集しています。ぜひ、お知り合いに声をかけてください。
太郎塾の来年度予算決定。
太郎塾への入塾希望者は、
info@policy.taro.org までご連絡下さい。
8月2日
神戸で開催されているUS-Japan Leadership
Programに参加。去年の夏にシアトルで開かれた第一回に引き続きの開催。
日米から二十人ずつが参加し、シアトルと神戸で一年おきに開催される。今年は、日本側の参加者が新メンバーに交代し、アメリカ側のメンバーは、去年と同じ。来年は、今年の日本側メンバーがシアトルに行き、アメリカ側のメンバーが新しくなる。
一週間、泊まり込んで、朝から夕方まで意見交換やいろいろな外でのプログラムが用意され、夕食から、深夜、早朝までは自発的な飲み会やカラオケで参加者が仲良くなる。
アメリカ側の参加者は、中学校の校長先生、国際渉外弁護士、財団のプログラムオフィサー、キャラクターのテレビの放映権や商標を管理を担当するVP、米軍中佐、ベンチャーキャピタルの社長、シティマネジャー、投資顧問、大学の教科担当、コンサルタント、国際NGOのマネジャー、議会図書館のスタッフ(チーフオブスタッフ!)、FDICのスタッフ、上院議員の立法補佐官、作曲家、半導体業界団体の貿易問題担当のディレクター、食品のブランドマネジャー、大学の先生、州上院議員、金融機関のメンバーといろいろな人が集まっている。
来年の夏は、基本的に日本側のメンバーは替わりませんが、欠員があれば、補充されるので、ぜひ、興味のある方は名乗りを上げてください。ただし、言葉は全て英語。通訳は無し。英語が上手な必要はありませんが、英語でディスカッションができることは必要です。年齢制限がありますが(たしか42歳?)、基本的に誰でも応募することができます。個人的には、内容も良いし、参加者と非常に仲良くなれる良いプログラムだと思います。興味のありそうなお知り合いに、お声をかけてくだされば、幸いです。(今回も数人の方が、去年のこのメールマガジンでのご案内を見て、参加下さいました)
7月30日
今回の参議院選挙、自民党圧勝で終わる。確かに世論調査どおりではあるが、各地の個人演説会の集まり具合(徳島のように大勢集まって下さったところもあるが)、個人ビラを受け取ってくれる割合等々、世論調査を除けば、どう考えても、こんなに圧勝するとは思えなかった。
神奈川の自民党候補者、小林ゆたかも、本人は確かにがむしゃらにがんばった。自民党の支持率が最低の時に公募に手を挙げ、九キロ体重を減らして歩き回った。見あげた根性をしている。しかし、小林ゆたかに百万票を超える手応えがあったかといえば、そこまではなかった。
これはいったい何だったのか。たぶん、日本全国あわせて、地方区という名前の四十七個の比例代表選挙が行われたということなのだろう。きっと有権者は、今回は、投票所で、X山X吉にではなく、自民党の候補者、に投票してくださったのだろう。神奈川、埼玉、東京、福岡、愛知等、大都市の票を見ていると、候補者個人の政見や運動を超えたものが、今回、大きく働いた。それが小泉内閣への期待だった。
地方区でも、候補者の政見や、いや、いったいどういう人なのか、を有権者に本当に伝えられたとは思えない。あれだけ限られたビラや選挙方法で、この候補者はどういう人だ、というのが伝えられたという自信はない。比例代表になると、もはや論外。政党名を投票した有権者の数が、個人名を書くなんてできないと訴えているようだ。世界に冠たるIT国家を目指す日本が、インターネットを使った選挙運動ができないというのは、ここまでにしなければ。
午後、韓国の野党ハンナラ党の若手リーダーの一人が、議員会館を訪ねてきてくれる。こういう時期でもあるし、自民党の若手議員としっかりと交流を始めたい。日韓、韓日議員連盟は何でこういうときに役に立たないのか、と。あと一年半で、我々が与党だ、と自信たっぷり。
夜、韓国の崔相龍大使のお招きで、韓国大使公邸で夕食会。まったく偶然に韓国が続く。メニューは、松の実粥、牛肉のサンチュ包み、煎の三種盛り合わせ、プルコギ、ご飯と神仙炉、果物。
いきなり冒頭に、近頃はサンマも食べにくくなりましたねぇ。いや、いや(苦笑)というやりとりが。
かつて日韓の国交が回復したときには、両国間で年間に一万人の往来があった。しかし、今や、毎日両国を一万人が行き来している。(日本から七千人、韓国から三千人) この流れは、靖国問題や教科書問題によっても止まらない。日本側の六割は、若い世代だそうだ。
韓国から日本に行くときに、例えば二ヶ月あるいは三ヶ月ならば、ノービザにできないか、という議論に。韓国から来て、不法就労になってしまう人の数も、ノービザ渡航が可能になれば、むしろ減るのではないかという意見もある。現状では、結果として、ビザの期限を越えてしまうケースが多いという解釈。
その他いろいろな話があり、最後に、大使から、学問は親殺し、つまり、学問は師の業績を鵜呑みにせず、批判することにより進歩する。政治も親殺し、でがんばれとハッパをかけられる。もう十分やっているよ、という声もあったが。
日米リーダーシッププログラム出席のため、最後ののぞみで神戸へ。さすがにちょっとくたびれた。
7月29日
二十一世紀の日本の行く末を占うものが二つ、同時進行。一つは、小泉内閣への信任をテストする参議院選挙で、これは、事前の予想通り。
もう一つは、この週末もシンガポールで事務レベル協議が進んでいる日本とシンガポールの自由貿易協定。都市国家であり、農業のほとんどないシンガポールとの自由貿易協定であるから、日本にとってこれ以上低いハードルはない。ここでできなければ、他ではできない。現在進んでいる事務レベル協議は、近く終了し、事務レベルでは詰められない、政治的決断を要求するものが、いよいよ出てくる。
たとえば、農業貿易の自由化。もちろん、シンガポールには農業はほとんどないから、象徴的なものではあるが、象徴的なものであっても、これができるのか、できないのか。やるべきなのか、やるべきではないのか。世界的な水の問題という要素も当然入るだろう。
港湾。シンガポールが腹決めて、港湾の自由化をすると言い切ったときに、日本は受けて立てるのか。あるいは、日本から港湾をテーブルに載せられるのか。
人。医師、弁護士にはじまって、建築士、看護婦、介護、学位等々をシンガポールと一緒にできるのか。そして、そうした専門家を日本に受け入れるのか。
金融、証券。日本とシンガポールの市場を融合できるのか、ルールをあわせていけるのか。
メディア、IT、...。
今まで、高くて、厚い壁を張り巡らせてきたところに、ありの穴を開けることができるのか。
小渕−ゴーチョクトン会談で、2001年末までと期限を切っている。この条約は、普通の条約五十本文ぐらいの量だといわれ、内閣法制局の審査に二ヶ月かかるといわれる。だとするとデッドラインは十月末。そうすると、こうした問題に、八月、九月で政治決断を下していかなければならない。小泉改革を貫き通すことができるのか、具体的に答えていかなければならない。そして、条約を通すならば、国内法がそれぞれに必要だ。
参議院選挙と違って、こっちには、まだ何も結果が見えていない。
7月27日
午前中、イギリスのBBCの取材。選挙と選挙後の小泉改革について、まずラジオ、ついでテレビの取材。
午後は、日本ビデオニュースというインターネットで情報を発信する新しいメディアのインタビューを受ける。ブロードバンドが発達し、メディアの発信コストが安くなれば、政治に関する情報も、テレビや大新聞の政治部を経由しないで国民に発信することができるようになる。そういう意味でも非常にインターネットは貴重だ。インタビュー終了後、そのまま東京駅に。
群馬の高崎まで応援に向かう。
摂氏四十度なんていうニュースをこれまでずっと聞いていたから、一番薄い夏物スーツに、タオルを鞄に詰めて出かけたが、なんと涼しい! ほっ。
高崎で、企業団体の総決起大会なる集会に参加し、応援演説のあと、宣車に乗って高崎市内を候補者と走り回る。群馬のウグイスは、早口だ!
八時十分前頃から高崎駅東口で最後の駅頭演説で終了。午後九時半の新幹線で帰る。群馬って遠いイメージがあったが、新幹線だと東京から一時間かからない。
公職選挙法も不思議だが、国会法も不思議だ。
国会法の規定によると、予算を伴わない法律案は、二十名の賛同者がいれば提出できることになっている。
しかし、現実に、河野太郎が二十人の賛同者と一緒に法案を提出しようとすると、衆議院の事務局が、受け取れません、と言う。なぜならば、昭和三十何年から、自民党の歴代幹事長が、衆議院事務局宛に、国会法の規定に関わらず、党の四役、つまり幹事長、総務会長、政調会長、それと国対委員長のハンコがない自民党議員の法案提出は認めないようにというお手紙を出している。そして、衆議院事務局は、慣例により、その手紙どおり、四役のハンコをついてもらってきてください、と法案提出をお断りする。おそらく、今日現在、野党もほとんどこういうことになっているはず。
で、こんなことは国会法を無視した衆議院事務局の暴挙ではないか、裁判に訴えてやると息巻くと、どうぞ、どうぞといなされる。
既に、裁判に訴えた議員がいて(たしか社会党の議員だったと思う)、最高裁の判決は、これは立法府の中の話であり、立法府がどういうルールのもとで、運営されるかは立法府が決めるべき事であり、司法府がとやかく言うことではない、ということになっている。だから、衆議院事務局もすましたもの。
四役のハンコを自民党でもらおうとすれば、部会、政調会、そして総務会に、その順番に、それぞれ全会一致でご承認を頂かなければならず、正義感に燃える若手議員が徒手空拳で向かっていっても討ち死にするようになっている。
要するに、候補者の意見など、有権者に届かない選挙で良くて、執行部の意に逆らう議員立法など、やらんで良くて、という国会を、これまでの与野党の幹部の人たちは作ってきた。
今年の通常国会で議員立法で成立したフロン法は、まず、京都議定書に基づく地球温暖化対策を、この国はほとんど何もやっていなくて、フロン法というのが、いわば国際公約のようになっていたこと、もちろんオゾンホールの問題にもそれなりの関心が高まっていたこと、反環境の権化、通産省が、自動車リサイクル法をやりたくなくて、五年ぐらい引っ張るつもりだったため、それに先駆けて、カーエアコンを対象にするフロン法をやるよ、ということになったら、なわばりを守るために通産省があわてて腰を上げたこと、熱心なNGOがここ数年必死にこの問題を追いかけていたこと、自動車業界が自主的に回収に取り組んでいるなどと大見得を切ったものの回収率は一桁レベルで、あわてて回収可能量などというイカサマ数字を通産省がでっち上げて、それでも全然数字があがらなかったほど現実がひどかったこと等の要素があって、それでもやるぞといってから二年以上かかっている。
小泉改革の中に国会改革、自民党の意思決定改革を含めなければならない。
7月26日
平成十三年六月一日現在、私の選挙区である茅ヶ崎市、平塚市、大磯町、二宮町の世帯数を合計すると198,169世帯になります。
で、公選法第142条をみると、衆議院小選挙区選出議員の選挙にあっては、候補者一人につき、通常葉書三万五千枚、ビラ七万枚が認められ、政党は、候補者一人につき葉書二万枚とビラ四万枚の頒布ができる。てえと、何回足しても165,000枚のビラ、葉書しか使えない! つまり各世帯に候補者の声を伝えると言うことが事実上許されていないのです。
しかも、こうした文書を多数の者に回覧させてはいけないと言う規定もあります。うーむ。
で、それに追い打ちをかけて、この候補者のビラの頒布方法は、新聞折り込み又は政令で定める方法とあり、政令は、候補者の選挙事務所内、個人演説会場内または街頭演説の場所における頒布しか認めてくれていません。それじゃあ、ほとんど河野太郎に投票しようと決めている方の手元にしか配れない?
候補者のビラが大変貴重なものだということがおわかりいただけたでしょうか。ちなみに私は、過去二回の選挙では、大部分の個人ビラを新聞折り込みにしました。お手元にとどきましたかっ!?
しかもインターネットはだめ。それじゃあ、バイアスのかかったマスコミ情報しか結局頼るものはないではないか、ということになります。これって、おかしいですよね。すみません、選挙をやった人間の愚痴でした。
で、だから、街頭で候補者のビラ配っていたら、受け取ってください!でも、一回読んだことあるやつだったら、もう読んだよって、取らないでください!
今回の参議院の比例代表なんて、あなたはどうやって投票する人を決めてますか?
ビルマのバルーチャンの水力発電所への日本のODAに対し、疑惑、疑問が山のように。僕の外務委員会での質問のあと、野党から質問主意書も出された。で、外務省の無償資金協力課は、六月にスタッフを現地に派遣し、調査をしたことになっている。で、地雷も、強制労働も、農業への影響も全て問題なしということになった。ほーっ、メデタシ、メデタシではないかと、外務省に電話をかけ、バルーチャンの調査報告書ください、と言ったら、そんなものありません、だと。なんやら事務官が三日ばかり現地へ行って、問題なしということにして帰ってきて、マスコミにも、主意書の回答にも問題なし、と。
国民の税金を使おうというODAに、疑問が出され、それの調査に外務省の人を現地に送り、調査報告書がない!?どういう調査をして、どういう状況で、だからこういう結論ですという過程がいっさい省略され、問題なしという結論だけ。外務省って、やっぱりおかしいんじゃない?現地でこういう調査をしたら、こうだったというものをベースに議論する材料を集めに行ったはずで、材料なしに結論だけ出すというのは、最初から結論ありきで三日、人をやっただけではないか。本当ならば、この問題に詳しいNGOなり、研究者を一緒に連れて行って共同で調査して、より客観的な材料を集めるべきではないか。事務官レベルでこうだから、上はもっと腐る。
ところで、そういういい加減な調査をベースに外務省が発表したことを記事にしたマスコミがあったけれど、それもひどくないっすか。
昼過ぎから横浜市議会の補欠選挙が行われている磯子区へ応援。街頭演説二カ所と宣車。今日、僕が街頭演説をやった場所に、明日、河野洋平が応援に来るそうで、司会が今日と明日を比べてくださいだって。比べたらかわいそうじゃない、明日が??
夜、藤沢で参議院選挙の個人演説会を三カ所はしご。
7月25日
朝から宣車で地元を三県議と回ってお願い。
本当は、所々で止まって演説をしながら行きたいところだが、全部で五時間半の割り当てしかない。茅ヶ崎、平塚を二時間づつ、中郡を一時間半。宣車が普通のスピードで走っている感じだった。党の車なので、後部に何人か人が立てるデッキがあり、そこでマイクを握ってしゃべりながら手を振る。
宣伝カーの上で、でかい声で名前だけ連呼してもうるさいだけじゃないか、政策もきちんとしゃべれ、と言われるが、公職選挙法は、非常に不思議である。
公職選挙法141条の3は、
何人も選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない。ただし、停止した自動車の上において選挙運動のための演説をすること及び第140条の2第一項但し書きの規定により自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない。
ちなみに第140条の2第一項は、
何人も、選挙運動のため、連呼行為をすることができない。ただし、演説会場及び街頭演説の場所においてする場合並びに午前八時から午後八時までの間に限り、選挙運動のために使用される自動車又は船舶のうえにおいてする場合はこの限りではない。
要するに、走っている宣車は連呼しかしてはいけない。
まあ、走りながら政策を訴えても、とても聞いている方は車を追いかけていくわけにはいけないから、これは無理な話だ。
神奈川県全体の選挙だから、茅ヶ崎、平塚、中郡で、宣車がもらえるのは約一日。それで、ところどころ止まりながら、政策を訴えて二市二町を回りきれるかというと、うーんとうなってしまう。特に、今回のように候補者が新人であると、やはりまず名前を覚えてもらうために、全地域を回って名前の連呼、ということになってしまう。
しかも、今の公職選挙法だと、候補者の政策ビラは、枚数が極めて限定され、配布方法も新聞折り込みと演説会場だけとされているため、一般の有権者に、候補者の考え方が浸透できない。
やっている方も、訴えられている方も納得しない公職選挙法である。もっと政策を訴えられる選挙にするための公選法改正は、国会の中で、完全に世代間戦争になるだろう。今の長老達がいなくなれば、変えられるだろうが。
県の人口、市町村の人口がそれぞれ違うのだから、選挙のやり方も、その地域ごとに違っても良いと思う。国政選挙は、やむを得ないとしても、地方選挙は、それぞれの自治体でルールを作る、あるいはせめて県単位でのルールにしても良いと思う。
夜、川崎で個人演説会。候補者が遅れているから、到着まで話を引き延ばしてくださいと言われるが、それぞれの弁士の話が少しづつのびて、候補者上手く到着。
明日も、神奈川県内で個人演説会三カ所。スケジュール表をみるとひとり五分づつで、随分たくさんの人がしゃべる。バラエティに富んで、目先変わった方が良いのか、じっくりと話を聞く方がよいのか、あなたはどちらですか?
7月24日
午後から和歌山へ。
羽田から関空へ飛び、関空からわずか四十分。
候補者は、顔は真っ黒に日焼けし、半袖を着ているため腕も真っ黒。時計をしているところは真っ白で、手袋をしている手はその中間色。本人はトリコロールと称していた。
選挙になると、三度の食事を低次に規則正しく食べ、運動もし、体調は絶好調だ、とにこにこ顔。選挙になると太る候補者とやせる候補者がいる。
和歌山市内の小学校の体育館二カ所の個人演説会をはしごする。とにかく暑く、出席者はみんな扇子や団扇をぱたぱた。壇上はさらに暑く、汗が流れ落ちる。とうとう二カ所目は、失礼して上着を脱ぐ。
関空からの帰りの便は、国内線の最終便。
7月22日
二十二日。
新幹線と近鉄を乗り継いで奈良県へ。
暑い!
宣車に乗ってマイクを握る。そして、所々で支持者が集まってくださっているところで、降りて候補者が握手をしている間にマイクでご挨拶。一カ所十分間程度しか止まれないので、本当に駆け足。
ちょっと声が嗄れてきた。
秋篠宮ゆかりの秋篠寺の前を宣車で通過。さすが、奈良という気がした。
あと一週間!
7月21日
十九日。
シンガポール大使と日本−シンガポール間の自由貿易協定についての意見交換。ところで選挙はどうなりそうなのか、と話題はどうしてもそっちへ。外務省のスキャンダルについてもいろいろと話が出る。
自動車リサイクル法案についての議論が進む。リサイクル費用を徴収して、その後、中古車として海外へ輸出された車については、最終ユーザーにリサイクル代を返すべきという議論が産構審で出されている。ちょっと違うのではないか。
中東アフリカ局長と日本とサウジアラビアの関係について。サウジのナンバー3のスルタン国防相の来日日程決まる。また、外相会談をニューヨークで開催することも。副大臣・次官クラスの会談を、日本側から総政局長でどうかと持ちかけ、サウジ側がまた、キレた。かつて、通産大臣がサウジ主催の会議出席をドタキャンし、政務次官で、と申し入れたら、政務次官ならばいらないと断られたことがあり、元首相が出席することで解決したことがある。今回も副大臣・次官ということで合意していたのに、なぜ、また、日本はそうやって断るのかとややおかんむり。結局、予定どおり、次官クラスの外審が訪問することになったが、現在の加藤外審もいつまでやっているかわからず、日程は白紙?
環境事業団からのレク。依然として、事業団が今の形で存在しなければならない理由はわからない。とうとう石原大臣も、街頭演説で、不要な特殊法人の例として、石油公団と環境事業団の名前が出るようになる。
原子力発電所の耐震基準の見直し、スタート。これだけ批判されたらもたないだろう。しかし、分科会は二ヶ月に一回で、一年以上、まあ二、三年はかけてと、引き延ばしてるだけではないのか。しかも、いままでの基準には問題はなく、見直し期間中の建設は旧基準でやるそうだ。新しい免震技術などができたから、それをどう取り入れるのかという議論が主で、などという。原子力安全委員会は、内閣府じゃないのか。中立的な安全管理をするというよりも、経産省の下請けで、推進のじゃまにならないように基準をつくっているようだ。原子力関係は、こうしたいかがわしさがどこまでもつきまとう。
民間の耐震基準見直しネットワークを立ち上げて、議論に口を挟んでいこうと民間で問題提起をしている方々と相談する。
夜、地元神奈川県の個人演説会に。九時過ぎに終了し、そのまま、茅ヶ崎の浜降祭になだれ込む。二十日の午前一時半すぎの宮出しから御輿にくっついて、朝七時の浜での式典まで。ステープルズ中佐も初めて御輿をかつぐ。背が高いため、肩が合わずに苦労していたが、浜で三十数基の御輿が勢揃いしているところでは大興奮。次の日、ダウンしていた!!
式典終わって、ダボシャツを着替えて、平和に感謝する集い、サーフィンの大会、踊りのゆかたざらいに顔を出して、羽田空港に。
広島空港から車を飛ばして、山口県の岩国市と和木町に応援。ところどころ後援者に集まっていただいているところに宣車で乗り込み、候補者が握手して回っている間、僕がマイクを握る。候補者が握手を終わったところで、さっと話を終え、候補者にマイクをわたす。集まってくださっている人数が三十人なら、僕の話を短く、二百人もいてくださるところは話を延ばして、常に候補者と握手を待つ人の数を横目で追いながら、話の長さを調節せねばならず、結構、緊張。炎天下、六、七カ所でこれをやって、フィナーレ。広島空港まで戻るが飛行機はなく、エアポートホテルで一泊。前の日寝ていないこともあり、バタンキュー。
二十一日。
始発便で帰る。
午後、石原大臣。湘南なんだからポロシャツ、ということで、スーツ、ネクタイはなし。街頭四カ所、ハコもので一カ所と大臣をこき使ってしまった。ごめんなさい。
大臣日程は、党本部で作るものなのに、個人的に二人で決めてしまったため、お目玉。
7月18日
十七日。
徳島県三好郡池田町へ応援。
羽田空港から香川県の高松空港に飛び、そこから南へ山を越え、吉野川に沿って西へ一時間半。池田高校のすぐ近くの町立体育館での個人演説会で、応援弁士。
三好郡全体の演説会ということで近隣の町村からも大勢お出かけいただいたが、東祖谷山村というところは、なんと池田町から車で片道二時間以上もかかるそうで、そこからも今日の演説会に出席してくださっている。僕が羽田空港を離陸するのと、東祖谷山村のみなさんが自宅を出発するのと同じくらいの時間だったのか。
人口数万人の三好郡で、二千人を超える人が集まってくれた。
演説会が始まる前の音楽は、やっぱりX−Japanが良い、そうだ。タイタニックも流れていたが。
小泉首相の徳島市内での演説のビデオが流れる。関係者のみなさんは本当にラッキーだったと、総理の体調を気遣いながらも、候補者の運の強さを喜ぶ。
総理は、滅茶苦茶体調が悪かったそうで、ビデオでも、声がちゃんと出ていないのがわかる。
汗が流れ落ちるなか、弁士も聴衆もうちわを扇ぎながら二時間弱の演説会が終わる。東祖谷山村のみなさんは、そこから二時間かけて帰宅される。
僕のほうは、帰りの飛行機はもう無いため、一時間車を飛ばして、徳島市内のホテルに到着。十八日朝一便の飛行機で帰る。
十八日。
羽田から議員会館へ。ニューズウィークのインタビュー。
中近東のエミレーツ航空の日本乗り入れの件、動き出す。
エジプト大使館でのナショナルデーの記念レセプション。丸谷かおり外務政務官も出席していたが、今回の事件の件で、ブチ切れていた。
大急ぎで茅ヶ崎に戻って、世界大会に出場する茅ヶ崎高校チアリーディングチームの見送り。ベルマーレの試合ごとにチアリーディングを披露してくれた、いわばベルマーレファミリーの一員だ。
大臣の湘南日程、結局バージョン25までアップデートされる。しかし、結局は当日の渋滞具合で出たとこ勝負か。
夜は東京、清瀬での個人演説会で応援演説。東海道線で品川に出て、池袋経由で清瀬へ。終わって西武池袋線に乗ったら土砂降りの雨。
7月16日
大臣に21日の土曜日に茅ヶ崎、平塚、中郡に入って頂くことになった。連休の中日で、梅雨も明け、道路の混雑を避けて、大臣にどう移動していただくか、ロジスティックスをうち合わせ。
スタッフの作成した計画書バージョン15.0をベースに、土曜日には、予定コースをスタッフが車で走り、このタイムなら移動はできるはずだ、あーだ、こーだと。
南口から北口への移動は、駅を突っ切って行けば五分、と思ったら、警備からそれは困りますと。
大臣にあさかぜの後部デッキに立っていただいて、手を振りながら次の街頭演説の場所に移動、と思ったが、時間に間に合わすためには路地を抜けていかなければ。そんなところ走って、誰が大臣を見ることができるのか。
結局、移動は大臣車を吹っ飛ばしていただいて、演説時間を一分でも長く、内容で勝負。車が混むようならば、電車で移動。
と、演説予定地域の一つが、宣車を止められない事が判明し、あわてて、場所を変更。バージョン15.1でとりあえず、今日のところはOK、と思ったら、飯が夜九時まで食べられない。大臣のスタッフから、その日は昼もろくろく食べられないのだから、胃に何かものを入れさせてやってくれ、と。
うーん、大磯は町の花火だし、平塚はベルマーレがサンガとやっているし。
とりあえず、二宮町のサティアンじゃなかったラディアンで、夜七時半から演説会、その他は全て、街頭演説ということに。
7月15日
朝七時四十五分東京発のひかりで名古屋へ。うちの事務所で研修中のステープルズ海軍中佐も同行。
尾張旭のイトーヨーカドー前で、党本部の宣車あさかぜ号に合流、街頭演説。そこからあさかぜ号の後のデッキで手を振りながら名古屋市内を目指す。
昨日小泉総理が来て、一万二千人近く集まったという市内の栄、三越前で石原大臣と合流。街頭演説。さらに名鉄駅前に移動、一時から街頭。大臣は奈良だかへ移動。
名古屋の街中は、地方区、比例区の候補者が入り乱れ、そこら中に宣車が。比例区の投票方式が、ほんとうに有権者の皆様に伝わっているのか不安。
二、三時間空きがあったので、櫃まぶしを食べに行く。旨い!
ステープルズ中佐と名古屋城の天守閣に登り、四時半からの政経セミナーに出席。県連の幹事長から、せんだっては雪のなか、北設楽郡まで来てもらってありがとうと懐かしい話。そういえば、スノーブーツに四輪駆動に乗り換えて、長野との県境まで行ったっけ。
懇親会でご挨拶し、あわてて新幹線に飛び乗って、午後十一時帰宅。
我が家の玄関を開けたところにかっこいい河野太郎のポスターが張ってあって、クリーニング屋さんとか宅配屋さんとかピザ屋さんに見てもらっていたのだが(ピザを頼んでTシャツに短パンというカッコで出ていったら、写真の人が短パンで出てきたとピザ屋のバイトの間で評判だよと言われ、翌週にスーツにネクタイ締めてピザ頼んだりしたのだが)、いつの間にか河野太郎ポスターが小泉50円ポスターに替えられていた。
今日うちに帰ったら、その小泉ポスターの四隅をとめていた画鋲の上二つがとれてしまい、だらっとポスターが垂れ下がってしまっていた。我が愛妻にポスター剥がれちゃっているよ、と声かけると、あら、選挙だからお辞儀してるのね! なるほど、小泉さんも必死なんだ?
7月12日
このメールマガジンは、私が、個人的に一人で書いております。
大体、国会中は、寝る前の一時間で、メールマガジンの原稿書きとホームページの更新と頂いたメールの返信をしております。睡眠時間プラスパソコンの前の時間イコール一定という関係にあるため、一時間を超えると平常の睡眠時間が削られることになり、一時間を超えないように、メールの返信を削ってきました。
国会終了後、国会の終盤近くから溜まりまくっているメールの返信を書き続けてきましたが、そうこうしているうちに参議院選挙に入り、それもGive upせざるを得ない状況です。返信できていないメールがまだたくさんありますが、さらにメールがその上に積み重なってしまって...。ごめんなさい。
読みにくいので、行間をあけてくれというメールも頂きましたが、実際にやってみると、べた打ちに比べ、結構手間がかかります。余裕ができるまで、このスタイルにおつきあいください。(そのうちにお客様満足度調査を一度やらねばなりませんね)
十二日。参議院選挙公示。ちなみに国政選挙は、憲法七条の四号に定める天皇の国事行為であり、公示ですが、地方選挙は、地域の選挙管理委員会ですので、告示です。
九時から横浜の選挙事務所で神事。出陣式まで時間があるので、横浜市連事務所にはじめてお邪魔して、市連幹部のみなさまとお茶。
十一時に出陣式。選挙区順に一言発言をということで、後ろを見たら僕の次は河野洋平だったので、マイクを持って候補者にエールを送ったあと、二十一世紀は河野といえば太郎です。新しい時代を作りましょう。と言って壇上から降りた。すぐ次に、何をいうか、十年早い、と切り替えされたが。
一時から桜木町で第一声。熱心に聞いてくださる方がいらっしゃったので、候補者のビラ持って行って、お読みくださいと声をかけたら、候補者の叔父さんと叔母さんだった。暑い中、ありがとうございます。
7月11日
石原行革担当大臣と福岡県へ。
僕は八時二十分発の飛行機で先乗りし、天神前で次の便の大臣到着まで街頭演説をつなぐ。大臣空港に着いた、あと十分、あと五分、着いたから止めろ。さっと大臣に。
演説終了後、みなさんと握手。すると、若い女性が、私はベルマーレのファンです、ベルマーレつぶさないでくださいね。思わず、力を込めてしまった。
シーホークに移動して、シンポジウム。太田誠一党行革本部長と石原行革担当大臣の間に割り込む。会場は立ち見も出て熱気むんむん。
終了後、行革担当大臣は、近くのグリーンピアを視察に。指宿だったかのグリーンピアもかなりひどく、210億円投資して、年間利益7000万円。利息なしでも返済に300年だそうだ。
大臣が小田原のスパウザもひどいと、嘆いていた。こちらは旧労働省。こうした公的宿泊施設は、郵貯などを食いつぶし、回りの民間のホテル、旅館の営業妨害になる。全廃すべきだ。
石油公団廃止、早くも抵抗勢力が動き出す。天神での街頭演説で、思い切り、要らない特殊法人の例に環境事業団、無駄な公益法人に、浄化槽の建築のための資格と定期検査のための資格を出す公益法人が、旧建設省と旧厚生省の下、一つづつ作られている無駄を例に挙げる。
7月10日
レストランで待ち合わせをしていると、アジアの超大物政治家が入ってこられた。思わず直立不動になって、ご無沙汰しております!おっ、元気ですか?はい!
プライベートのようでしたが、東京も国際化したものです。
インドネシアも大統領の弾劾を前に、日本とのつながりの強化のために特使が次々に。参議院選挙と重なるが、インドネシア情勢も気が抜けない。
九日午後、小泉総理横浜へ。参議院の決起大会。しかし、パシフィコ横浜というハコの中だったため、五千人に。外なら数万人だったかもしれない。
夜六時から外務委員会理事懇。地位協定見直しの決議案が議題に。たしかに地位協定の改定に向けての作業は必要だと思うが、これは簡単なことではない。おそらく次の思いやり予算の見直しと絡める形での作業になるのではないだろうか。
十日の委員会で、単なる委員会決議をやることが良いのか疑問だったが、基地と関係のある自治体の要望を国がしっかり受け止めるべしという決議案ということで、了解。ただ、これまでの外務省の作業はどうなっているのか、米側の対応はどうか、法務省、警察庁はどう考えているのかなど、外務委員会でしっかりと明らかにすべきことはたくさんあるはずだ。しかし、また外務大臣への質問に。決議文の委員長案を検討、修正し、案文は回収。
十日朝、五時半のNHKニュースで、外務委員会の決議文の一部が報道されていた。前夜、あれだけ決議案がマスコミに漏れないようにと細心の注意を払っていたのにもかかわらず。もちろん、官邸や国対、外務省などにも内容は伝わっていただろうが。
午前中にアメリカ大使館政治部を訪ね、今回のアメリカ政府の対応について、地位協定の改定について意見交換。その途中で、偶然、ベーカー新大使が大使館内を回って来られ、ご挨拶申し上げる。
地位協定改定のための勉強会に大使館からも出席をお願いし、意見交換の機会を作っていただくことになった。
十二時半より理事会、一時から委員会。地位協定見直しの決議案を採択。
夜、安倍官房副長官、岡田民主党政調会長、塩崎さんと四人でフォーラム21というビジネスマンの勉強会に出席し、意見交換。富士ゼロックスの小林会長が世話人を務められている会で、今日は、
富士ゼロックス時代の先輩、大先輩も出席。教育、安保、地方自治、企業活動などのテーマについてコメント。あっという間の二時間だった。
花王、資生堂、セコム、鹿島、全日空、新日鐵、ヤマト運輸、IBM....といった企業の取締役から部課長クラスが一年間づつ参加する気合いの入った勉強会。こうした企業が、国政、あるいは地方政治に社員が転身できるような一時休職システムをつくってくれると、政治への人材供給の道が少し広がるのではないか。民主党の提案した法案は、たなざらしになってしまっている(本気なら、与党にも法案説明に来てくれ)。
あるいは、一年間個別のテーマを追求したメンバーが、一、二年の期間を区切って、議員のスタッフになって、自分たちの提案の実現に向けて作業しながら政策立案プロセスを体験していくというのも良いのではないか。議員にとっては大変ありがたいリソースにもなるし。
7月7日
七月三日から六日まで、北京、上海に出張しました。中国共産党の青年組織である全青連の機関紙、青年報の招待で、日本に関する専門家を中心に意見交換をしてきました。詳細は、HPに出張報告の形で載せますので、そちらをご覧ください。
セーフガード、教科書問題、小泉首相の靖国神社参拝、対中ODA、海洋調査船、日本の航空会社のサービス問題、日本製携帯電話の品質問題、日本製ノートパソコンの品質問題、日本製自動車のブレーキ異常による事故等々、中国では日本に関して全く良い話が無く、問題ばかりということで、日本製は品質がよいという前提も崩れつつあり、日本が投資しなくても他の国の資本が入ってくるという自信もあり、もし小泉総理が靖国神社参拝を強行すれば、国交回復後最悪の状態を招くことになるというのが、中国における日本の窓口となっている各氏の共通認識でした。
八月十五日以後を考えて、さまざまな若手のパイプを太くし、いろいろな交流を日中間で絶やさないようにしていくのが大切だという認識で一致しました。
中国側、とくに青年組織のなかには、これまでの日中交流事業は、極めて形式的なものが多く、そろそろ、息の長い実のある交流にしていきたいという強い要望がありました。細かく話を聞くと、政府は人権問題で対立していても、着々といろいろなパイプができているのが米中関係で、それが様々な場面で非常に強い力を発揮しているようです。翻って日中関係はどうかと尋ねると、表面的で、このままではいざというときに役に立たないのではないか、という意見が多いようでした。とくにかつて非常に日中関係に大きな役割を果たしてきた組織が、最近は、機能不全に陥りつつあり、関わっている人の熱意が感じられないという不満がにじみ出ていました。
いろいろな人が、それぞれの分野で日中の交流を進めてきているというのが、私の認識でしたが、中国側にはまだまだ物足りなさがあるようです。
二年ぶりの北京の変わり様には大変驚きましたが、六年ぶりに訪れた上海は、想像を絶するものがありました。新国際空港から市内まで、高速道路をタクシーで一時間のところにリニアモーターカーの工事が進み、完成すると市内までわずか八分という計画には驚きを通り越してあきれました。
やはり、官僚主導の小手先の改善ではなく、思い切った政治主導による革命的変化がこれからの時代には必要であることを痛感しました。
北京はオリンピック、上海はAPECが話題でした。
経済、そして文化、社会までひっくるめた日中間の緊密な関係を早急に築いていくために、政治はどうすればよいのか、考えさせられた4日間でした。
七月七日。
ベルマーレ、仙台との七夕決戦に敗れる。0−1というスコアも問題だが、仙台のホームゲームで入場者14000人を超えている!経営者としては、こちらの数字も気になる。
今日は仲人をつとめる。新郎の地元、茅ヶ崎の菱沼八王子神社の小さな本殿、拝殿で、結婚式。おそらく、この神社での結婚式は初めてではないかということ。
九日夜六時から外務委員会理事懇が設定される。十日にも外務委員会開会か?
7月1日
ソウルで、アメリカのNEDが主催する政治と金、とくに選挙と金に関するセミナーに出席しました。セミナーに関しては、HPに出張報告を載せますので、そちらを参照してください。
しかし、日本と韓国が、近くて遠い国になってしまったという感じを強く受けました。東京から成田、仁川からソウルまでの移動のほうが飛行時間よりも長い現状を改めて認識しました。少なくともソウル、北京、上海に関しては、羽田からの発着を政治決断で、即スタートさせるべきです。そして、韓国は仁川ではなく、金浦空港を使用するべきでしょう。
また、仁川空港と成田の外国人の入国手続きの長い行列を見ると、プレクリアランス(出国時に相手国への入国手続きをすませること)が羽田−金浦間のシャトル便に必要になります。
来年のワールドカップを前に、当たり前のサービスをお客様に提供するということを、我が国もそろそろ始めなくてはなりません。
国土交通省の航空局の官僚を、サービス、お客様の満足という言葉を理解する有能な民間人と入れ替えるぐらいの大手術をやるべきですね。